怪物たちのハロウィーン

「お菓子をくれなきゃイタズラする、超絶に」

琴路がけだるげに言った言葉に、正貴はきらりと純粋な目を向けた。
「具体的にはどんないたずら?」
尋ねる正貴の目は、猫みたいに好奇心で光っている。常日頃、わりと無気力で気高い彼だが、こういう欲求を口にするときはわりと素直だ。
「……お菓子を渡す前にそれを聞く正貴って、まじでドMよね……」
明らかに最初からイタズラ目当てだ、この男。琴路は呆れる。おそらく、お菓子なんて用意する気がないのだろう。どっちかというと、猫っていうより犬である。
「ぼくとしては、お菓子をあげて姫に喜んでもらうのと、姫に高貴で数奇なイタズラをしていただけるのと、両方とも同じくらい魅力的だと思う次第なのだけれど」
ダウト、と琴路は思う。この男がお菓子を女の子にあげて喜ぶ、なんて正常な思考回路を持っているはずがない。そもそもお菓子なんて持っているかどうかも怪しい。
「あら、勘違いしてもらっては困るわ」
琴路はあくまで、上から目線で言う。
「お菓子って言うのは、正貴自身のことに決まっているじゃない」
「つまり、お菓子を選んでも、イタズラを選んでも、結果は同じだと?」
正貴の声が少し熱を帯びる。ああ、どうしようもないな――と考えるのだが、どうしようもないのは自分自身なのか、それとも正貴の方なのか。よく、わからない。
「そう。だって、あなたはどっちにしろ、『それ』を選ぶんでしょう?」
「当然」
口調だけは気高い調子で言い切る正貴を睨みつつ、琴路はこう言った。
「『尾』を出しなさい」
「了承しました」
正貴は跪くポーズをとってから、自分の体の中の長剣を取り出した。身体から抜け出した瞬間、剣はゆらりと奇妙な光を発する。何人もの人間を屠ってきた剣は、妖しげに輝きながら琴路の華奢な手の中におさまった。
「うーん、ちょっと長すぎて使いにくいかも。でもま、今日はこれでいいわ」
ざく。何のモーションも前触れもなく、剣が正貴の右肩あたりを串刺した。
「か、は」
正貴は血をわずかに吐きつつ、嬉しそうに顔をゆがませて笑う。不意打ちを食らったことすら、彼には喜びであるらしい。正しく、貴く、変態的性欲に正直だ。ここでは、正しさも、貴さも、何の価値も残さないくらいに背徳的なのだけれど。
「自分の凶器に貫かれる気分はどう?」
正貴は口を閉じたまま裂くように笑い、「最高」と答える。彼にしてはひねりのない、おもしろくない回答だ。が、それだけ余裕がない状態なのだろう。彼は、行為の最中に言葉を選ぶことに脳を使わない。
「あの、姫、一言いいですか」
そんな正貴は、今思い出した、というように小声で進言してきた。高貴さのかけらもない動作だ。
「何?」
「それ、できたらぼくが意識を失う前に、ぼくの中に戻してくれるとありがたい」
それがないと、普通に死ぬみたいなので――と、彼はなんでもないことのように付け加える。普通に死ぬ、という言葉は滑稽に響くが、この教団では日常である。
「りょーかい。わたしも、正貴に死んでほしいわけじゃないから、ちゃんと守る」
正貴は黙ってにっこりした。
「では、もう何もいいません」
「よろしい」
と言いながら、なぎ払うように一閃。彼の脇腹を裂いた。美しく計算された刃は、的確に彼の腹を裂く。そのまま、手で、内臓を損傷しないまま外へ引き出していく。絡まりそうな腸を、愛でるようにずるずると。

「もう何も言わない」と断言した正貴は、本当に何も言わなかった。
彼はとろけるような目で、遠くを見ていた。
すでに、彼は目の前にいる琴路のことすら見ていないのだろう。
ただ、夢のような、現実ではありえない、いきすぎた夢幻の快楽だけを見据えて――

 琴路は急に愛しくなって、その腸にくちづけた。つづいて、蒼白になった彼の足の甲にもくちづけをおとす。最後に、彼の頬にキスをしてから、思った。自分は、彼の唇にキスをすることをひどく恐れているようだと。昔はそんなことはなかったが、近頃、内臓に、足に、傷口にキスするのは何とも思わないのに、なぜか唇にキスをしてしまうと、すべてが終わるように思っている。正貴、と呼びかけるが、彼はすでに意識がないのか、それとも先ほどの口約束を律儀に守っているのか、何も答えなかった。

 ああ、正貴。あなたのことが好き。好きだから、唇へキスをできない異常なわたしのことを許してほしい。心のなかで許しを請いながら、横たわる彼の「心臓」――美しい切っ先をもつ「剣」を、彼のまんなかにそっと戻した。きらきらした刃は、そのまま彼の体や血と同化するようにすっと消えていった。
 彼と同じで、誇り高くきらめく剣。
 でも、本当はとても弱々しくて、儚い剣。

 正貴はやはり意識を失っているようで、もうすでに無反応だった。今日はこれでおしまい。行為のあとのけだるさを振り払うように立ち上がり、琴路は自身のドレスについた鮮血を、いとしおげに払った。彼の血の匂いが手に残る。愛しい香りを嗅ぎながら、琴路は目を閉じた正貴に向かって笑いかけた。手の上でぬめる血は、彼の愚かさの証だ。自分はその愚鈍さを愛している。

「おやすみなさい、正貴」

怪物であるあなたとわたしが、このハロウィーンに、一時の素敵な夢を見られますように。



20131103


二年前からずっと書いていたのに、今更完成するという。
しかも微妙に遅刻。