銀幕症候群 症例Ⅲ

「どうして感染者を隔離しないのかしら。こんなんじゃ、日本どころか世界丸ごとウイルスで滅亡決定じゃない」
 決定どころか大決定よ、大大決定だわ、と彼女は腹立たしげに繰り返す。もちろん、隔離なんて無理である。ウイルスの感染経路は不明、いつどこで患者が発生するかわからない。隔離を始めても感染スピードに追い付かない上に、現在のめちゃくちゃな国内指令系統では、感染者だけを丁重に隔離することは不可能。どこかに人権的な問題が発生するに決まっている。
 加えて、銀膜症の患者の発症直後の腕力・破壊力は凄まじく人間離れしている。彼らは鍵のかかった鉄の扉を破壊して、その外側の人間を素手で殴り殺すくらいには、化け物じみているのだ。人間の筋肉というものは常にかなりセーブされた状態であり、それが解放された場合には人間とは思えない力を発揮する、ということが実証されたわけだが、そんな実証をされて喜ぶ科学者はいなかった。当たり前である。科学なんて美しい幻にすがっても仕方がない程度には、世界は順調に破壊されている。科学、物理理論、文学、偶像的思索のすべて。全部、生命の安全の保証があるからこそ価値があるもので、自分がいつ死ぬかわからない社会には不要なものばかりだ。もちろん、自分が死ぬ理由や価値をその思索から見出す事の出来る場合を除くのだが、それはもはや得体のしれない宗教と変わらない。もともと、学問とは宗教に限りなく近いものであるから、必然といえば必然だ。

「ねえ、ちょっと聞いてくれる?」
と彼女はわたしに顔を近づけて言った。「わたし、見ちゃったの」
「何を?」
わたしが訊き返すと、彼女は両手で自分の身を抱きすくめて震えるオーバーなリアクションを取った。まるでアメリカのホームドラマに出てくる陽気な男のようだ。
「銀膜症の患者が暴れてるところ」
「どこで、どうやって見た?」
 当然のことだが、わたしはそう問い返した。
 通常、発症後の銀膜症患者の半径一キロ以内に存在する人間はほぼ助からない。患者が超人的なのは腕力だけに限った話ではない。脚力も、臭覚も、ついでに書いておくなら顎の筋肉も、化け物なのだ。隠れても匂いで見つかってしまうし、逃げても簡単に追い付かれる。腕を切り落としても首を噛みちぎられる。銃でも持っていれば対抗できるのかもしれないが、そんな話は聞いたことがないから、ひょっとすると銃も通用しないのかもしれない。このあたりの「対処法」というものを、政府もマスコミも明言したことがない。政府が無能なのではないし、極秘にしているわけでもない。そもそも「対処」できた事例が存在しないのだ。
 要するに『患者が凶暴化して暴れるところ』というのは実際に目の前で見てしまったら、生き残れないのだ。確実に死ぬ。これは常識だ。彼女が直接それを目撃した、というのはありえない話だった。
 彼女は鼻歌を歌いながら、カバンの中から一枚のディスクを取り出す。特にどうということもない、普通のDVDディスク。盤面には油性マジックで『極秘』と書かれている。非常に胡散臭い。
「これ、何かわかる?」
「……話の流れ的に、スナッフビデオか何かか」
わたしは眉をひそめてそう返した。ここはどこにでもある喫茶店。周囲には他の客がいるというのに、そんな非合法的なものを堂々と取り出すなんて非常識だ。もっとも、そんな小さなことで人を裁く余裕は、もうこの政府にはないだろうけれど。
「まあ、似たようなものかな。撮影者が誰なのかわからないから、正確にはスナッフビデオ、とは言い難いけれど」
「中身、見たのか。本物なのか」
彼女はひゅう、と口笛を吹いた。
「偽物をこんな風に見せびらかすと思う?」
「思わない」
「モノわかりが良くて助かります」
「どうも」
彼女はそのディスクの中身を見せびらかしたい様子だが、あいにくわたしにはそんな趣味はない。人が人を一方的に殺しまくる光景なんて、見たいと思う方がどうかしている。とりあえず、彼女の気が済むまで話を聞いてやろう、と思った。こちらからはあえてアクションを起こさず、一緒に見ようと彼女が言い出してから断ることにする。
「それを見た君の感想は?」
とわたしは訊いた。
「うーん、別にどうってことないなあ。人が腕を振るだけで周りの人が吹っ飛ぶのは初めて見たから『すげえー!』って思ったけど、他はフツー。映画でジャッキー・チェンが暴れまわっているようなものね」
その比喩はジャッキー・チェンに失礼ではないだろうかと思ったが、口に出すのはやめておいた。
「どんな映像なんだ? そもそも誰が撮影した? 撮影者は死んだのか?」
ちょっと突っ込んだ質問をしすぎたかもしれない。言ってから後悔した。しかし彼女は平然としている。
「いや、人が撮影したものじゃないの。カメラは固定されてて、そうね、部屋の天井の隅に設置されているっぽいアングル。部屋にはあんまり物がなくてベッドだけが置いてあって、たぶん監獄か病院ってところね」
「ふうん」
とっさに他に尋ねるべきことを思いつかないので、いったんわたしは黙った。彼女は話を続ける。
「数分だけの映像。人が突然、人を吹っ飛ばした。そこにいる人を全員突きとばすみたいにしてから、その人は出て行った。ただ突きとばしたように見えたけど、突きとばされた人たちは全然動かないの。あれ、たぶん死んでるのね」
そこまでが映像の説明らしかった。彼女は一度息をついて紅茶を口に含み、飲みこんでから話を再開する。
「思っていたほど、怪物とかモンスターってかんじじゃなかった。むしろ普通の人に見えたわ。叫んだりもしないし、そんなに『暴れてる』っていう風じゃない。静かにすたすた歩いて、腕をひゅっと動かして、」
彼女は腕を上下に振るジェスチャーをした。
「そこらへんにいる人を吹き飛ばして、また黙ってどこかへ歩いていくの。最低限の動きしかしてないところが、どこかロボットみたい。表情がないけど、目がうつろなわけでもない。それを見て、ああ、人間なんだなって思った」
彼女の感想はそれで終わりらしい。人間なんだな、というその言葉が妙におかしみのある不思議なものに感じられて、わたしは口を斜めにした。
 彼らはすでに人間じゃない。人格や感情、倫理を持たないものはもはや人間とは呼べない。人の形をしていても、彼らは人ではなくなっている。しかし、彼女はそれが人間に見えるという。うまく表現できないが、そこには絶対矛盾が生じているような気がしてならない。化け物、モンスター、排除されるべきもの。しかし、本当に排除してしまっていいのか?
 法律と政府が許しているからと言って、人の形をしたものを簡単に殺戮してしまっていいのか?
「何、黙りこんじゃって。何か考えてる?」
彼女が問いかけてくるが、わたしは首を振る。「別に、何も」
 そこでいったん沈黙が流れた。わたしも彼女も、何も言わない。彼女はアイスティーをストローで飲んでいる。わたしは冷めたコーヒーの水面を見つめていた。静かにそこに存在する琥珀色の液体は、どこか自分に似ているような気がする。彼女はコーヒーが苦手だが、わたしはむしろ紅茶が苦手である。コーヒーは、飲んだ瞬間に自分の体に染みていくような安心感がある。紅茶にはそれがない。自分の体に流れる血液がコーヒーであったとしても、わたしは驚かないだろう。
 そんなどうでもいい思考を、彼女の声が遮った。
「ねえ」
顔をあげる。彼女は真剣な顔で、わたしの瞳をまっすぐに見た。
「もしも、もしもだよ。わたしが銀膜症になっちゃったら、どうする?」
 ああ、彼女はディスクを見せたかったのではなく、その質問がしたかったのか、とようやく気付いた。
 わたしも、いつか彼女にそう言わなくてはいけないと思っていた。しかし、なぜかいつもぎりぎりのところでやめていた。怖かったのかもしれない。答えを聞いてしまったら、もう元の場所に戻れないような気がして。
 そして、答えを自分で決めるのも、答えを聞くのと同じように怖いのだと、今更気づく。
 彼女が銀膜症にかかったら――自分はどうする?
 人間でなくなって、他人を腕で薙ぎ払い殺してしまうようなものになったら、どうする?
 それでもまだ人間のように静かに歩いていたら、どうする?
 殺すのか?
 殺されるのか?
 それとも、逃げるのか?
「ぼくは――」
そんなの、決められるわけがない。決めたとして、本当にその約束を守れる保証もない。
 でも、今は決めるべき時だ。少なくとも、ちゃんと決意するべきだ。自分の為にも、彼女の為にも、答えを見つけなくては。そうしなくては、未来へと進めない。関係を保てない。
 深呼吸して、コーヒーを口に含む。冷めきっていて味がしなかったが、思考が澄んでいく気がする。飲み干した瞬間に、濁りがなくなって、気持ちが晴れる。いつもそうだった。考えごとが行き詰ったときは、こうすると道しるべが見える。
 ――答えが、見つかる。
 そんな予感がした。そして、それはすぐに見つかった。わたしはコーヒーに感謝しながら瞬きをして、顔をあげる。しっかりと、目の前にいる彼女を見据える。両の目で、射るように見る。わたしはこう言った。

「ぼくは、逃げない」

 一言、それだけが明確な答えだった。口に出してしまうと、悩んでいたのが馬鹿らしいくらいに単純な解答だと感じた。
 彼女は一瞬黙ってから、口の端を吊り上げて左右非対称な笑みを作る。その笑い方は、彼女が本当にうれしいときにだけ用いるものだと、わたしは知っている。世界中でわたしだけが、そのことを知っている。
「わたしも、逃げないよ」
彼女はそう答えて、また同じように笑った。それだけで充分だとわたしは思う。たとえ今この瞬間に、半径一キロ以内で銀膜症発症者が暴れ出したとしても、それより近くに彼女がいてくれればいい。最期まで離れずにいられればいい。どちらかがどちらかを見捨てたり裏切ったりすることなく、意識が果てる瞬間まで、一緒に。
 もしかしたら、銀幕症候群の流行は世界中の恋人達を試すための試練なのかもしれない。
 どこまで相手を裏切らずに愛を貫けるかを、神様が試しているのだ。
 そう考えてしまってから、馬鹿みたいなセンチメンタリズムだと心底思った。わたしらしくもない。理性的な思考とは言えない。しかしわたしにとっては、自分らしさを失うことがすなわち、恋なのだ。わたしという自我の予定調和を乱すもの。それが彼女という存在だ。今、この瞬間。わたしは確かに恋をしている。

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