第六話

 西所は、トッテム・タウンのはずれにある暗い通りを歩きながら、『渦巻き』についてつらつらと考えていた。 
 『渦巻き』が世界を滅ぼすメカニズムについては、まだ解明されていない。あるいは、余儀本人は解明していて、西所に教えてくれないだけだろうか。少なくとも西所は知らない。『竜巻の季節』にしても、あまりに突然の壊滅であったので、詳細がまったくわからないのである。『渦巻き』はいつだって謎に包まれていて、個人によっても特性がまったく違う。

 西所にわかることはただひとつ。余儀には『渦巻き』を察知することができ、破滅の前に世界を救える……ただ、それだけなのだ。

 十年間、『渦巻き』を退治してきたというのに、どうしてこんなにも実情が把握できないのだろうか?
 『渦巻き』は天災であり、人間の力の及ばない存在だと、ずっと信じてきた。天災ゆえに予測が不可能で、毎回イレギュラー的に発生するのだと。
 しかし、ほんとうにそうなのか?
 いつだって自信満々で、自分のことしか考えない余儀は、以前、胸を張ってこう教えてくれた。

「きみはそんな難しいことを言ったって仕方ないだろう? きみが戦闘を担当し、ぼくが頭脳を担当する。それがぼくたちバディじゃないか。きみはなにも考えずにブレインに従っていればいいのさ。そうすればこの町は、平和になる」

 そして、彼はダメ押しのようにいつも言う。

「きみには考えたってわかりっこないよ。世の中は、そういうふうにできてる」

 ……そうだ。この十年間、西所はなにも考えずに余儀に追従してきた。
 余儀がいれば、この町は安泰だ。
 西所はどうしてもこの町を守りたいのだ。
 たとえ、プライドを捨ててでも。

+++

 西所がこちらの季節に『流されて』きた直後、さんざんな不運が彼を襲った。戸籍がなく、『陽光の季節』に関する知識もない。『西所匡』という名前すら、このころは持っていなかった。いわば、名無しである。
 トッテム・タウンのはずれで途方に暮れていた『名無し』の西所に訪れたのは、暴力であった。なぜ、この世界に縁もゆかりもない自分が暴力事件に巻き込まれるのか? 最初はふしぎで仕方なかったが、今にして思えば当然のなりゆきだ。西所は『やくざの若頭』と同じ顔をしており、その若頭は血気盛んで、いつも刃傷沙汰を演じていたという。恨みも相当買っていたようだ。出会ったことすらない若頭のせいで、十年が経ったいまでも、やはり道端で襲われることはある。

 やくざたちのリンチにより、右足の骨が折れ、腹には銃弾を一発喰らい、道に突っ伏し、もはや終わりだと思ったそのとき。

「いや~、派手にやられたね。お疲れさま。異世界ってのも楽じゃないでしょ」

 脳天気な声が、上から降ってきた。
 見上げると、逆光で表情はよく見えなかったが、映画にでも出てきそうな白衣を着た男が立っていた。失血により意識が徐々に失われ、口を開くこともできない西所の姿を見て、彼は心底愉快そうに笑っていた。

「お、目が覚めたかな? 『竜巻の季節』の隣人さん」

 次に目覚めたとき、西所は白い天井を見ていた。それが病院ではなく、余儀の実験室の天井であると知ったのは体調が回復してからのこと。
 余儀は、全身をくまなくリンチされた西所を拾って、独自に治療を施していたようだ。なお、あとになって知ったことだが、彼は医師免許を持っていない。治療は完璧で、傷跡ひとつ残らなかった。余儀という男の全貌はいまもむかしも、謎に満ちたままだ。

「おまえは?」
「ぼくはミスター・余儀。この町随一のマッドサイエンティストにして、最高の天才ってとこだね」

 ちなみに、このころはまだ「トッテム・タウン」などという不名誉でつまらない名称はなかった。そのため、「トッテム・タウン随一のマッドサイエンティスト」などというふざけきった名乗りも存在してはいなかったのである。……余儀そのものはたいして変わらないが。

「で、なぜその最高の天才が、おれを助ける?」
「きみが『異世界人』だからだ。違う季節から来た人間を『異世界人』と呼ぶのは、この世界のフィクションでよくある名称らしいけどね」
「それを知っているおまえは何者だ?」

 淡々とした会話のなか、西所は鋭い眼光で余儀をにらみつづけていたが、余儀が目を合わせることは一度もなかった。いい度胸だ。やくざの若頭に間違われるような顔相だというのに、余儀は臆することがない。腕っぷしが強いようにはまったく見えないが……。

「天才マッドサイエンティストにはなんでもわかっちゃう、というところでひとつ」
「は?」
「ぼくはね、きみと無益なおしゃべりをしに来たわけじゃないんだよ。きみを助けたのは勧誘のため」

 余儀は襟元をきゅっと正し、ようやく西所のほうを向いた。

「ぼくと一緒に、この町を救う気はない? きみにはこの町を守る理由があると見ているんだけど」
「正義の味方かなにかか? そんなツラには見えねえな」
「マッドサイエンティストは正義の味方のスポンサーか悪の親玉か。まあそのどっちかだってのが定番なんだよね。どっちだと思ってくれても構わないが……」

 自分は正義の味方だ、と言われたのなら、たぶん西所は信じなかっただろう。正義だなんて、胡散臭い、信用できないと思ったはずだ。だが、彼は自分を正義とも悪とも定義しなかった。だからこそ、西所は彼のもとで働いてもいいと思った。

「だが、なぜおれを?」
「きみは知らないだろうが、『異世界人』には特別なパワーが宿っているんだ。この『陽光の季節』では、そういう現象が多く観測されている」
「特別な、パワー?」

 余儀はにっこり笑った。

「『変身』できるんだよ、きみたちは」

 その笑みがあまりにも異様だったことをよく覚えている。
 彼は嬉しそうにこの世界における『変身』するヒーローのフォーマットについて語り、最終的には西所を『改造』させてほしいと言ってきた。
 そこから先は、記憶が曖昧だ。
 このあと、なにが起きたのか……西所は知らないし、知りたくもない。
 『変身』のための『改造』。
 なんらかのおぞましい行為が存在していたに違いない。

 大事なことは一つだけ。
 これ以降、西所は余儀を疑うことはしなくなった。西所にとって、最優先事項はトッテム・タウンを守ることである。余儀に反抗心を持っても仕方がない。なんの意味もないことは、しない。後戻りできないところまで来てしまった以上、前に進むこと以外を考えても仕方ない。意味のあることだけをしよう……そのためだけに自分は生きよう。
 西所はもともと、合理主義者である。不合理なことに手を出せるほど若くもない。
 『改造』の翌朝、余儀は趣味の悪い笑みを浮かべて、拍手をした。

「おめでとう、きみは変わった。今後、きみの人生はこれまでより有意義なものとなるだろう。『改造』ってのは、そういうもんだからね」

 特になにかが変わったような感覚はなかったと思う。
 ただ、余儀はとても嬉しそうだった。その日は出前のピザを頼んで、ささやかなパーティーが行われた。その席で、『西所匡』という名前が生まれたのである。
 由来については覚えていない……たぶん、余儀の気まぐれで決めた名であろう。

 かくして、余儀と西所という、トッテム・タウンをすべての害悪から守るためのタッグが誕生した。十年前のできごとだ。
 この十年間、まったく変わらなかった余儀という男は、これからもやはり変わらないのだろう。他人にフルネームを教えることすらなく、ただただうさんくさい科学者として、この町を守るのだろう。
 老後までこいつと過ごすのかと思うとぞっとしないものがあるが、こうなってしまった以上は仕方ない。とことんまでつきあってやろうではないか。


+++

 そこまで思い出して、西所はため息をつく。
 天牛あきらに対しては正直、罪悪感があった。彼女は自分がトッテム・タウンにとって脅威になると信じているようだった。そのまっすぐなまなざしは、もはや西所が失ってしまった若さの結晶だ。
 西所にしてみれば、彼女の心配は非常にバカバカしく、非現実的なものだ。
 この町はすでに完璧に守られている。
 きっと、いずれ彼女もわかってくれるだろう。


20190316