夢想×幻想×無双

彼女が筋金入りの世間知らずだということを、久々に思い出した。

クラブさんは、ベッドの上で三角帽子をかぶってあぐらをかいている。
「クラブさん、そこはぼくのベッドなんですが」
ぼくがそう声をかけると、彼女は胸を張ってこう言った。
「今日は、クリスマスだ」
「だからなんですか?」
「クリスマスといえば、サンタクロースだ!」
「だから、なんですか?」
ぼくは、まったく同じ言葉を、少し呆れた口調で繰り返す。
「サンタクロースは、ベッドに寝ながら待つものと決まっているだろ」
クラブさんはまじめな顔でそう言った。
「うーん、この家にはそういうの来ないですよ。煙突、ないですし」
一応、事実を述べてみた。実際、うちの親は非常にドライで、小学校の時ですらサンタのまねごとはしてくれなかった。ぼくも、かなめ兄さんとななめ兄さんも、サンタクロースからプレゼントをもらったことはないはずだ。この家にはサンタは来ない。
「そんなことはない!信じて待っていれば絶対来るんだ」
クラブさんは憮然としている。
「それはどういう根拠で?」
「本に書いてあった」
どういう本だよ、と脳内突っ込みを入れておく。たぶん、絵本か何かだろう。
「……そこ、ぼくの寝る場所なんですが」
控えめに提言してみるが、
「黙れ。わたしはサンタさんを待ってるんだ」
と言われた。にべもない。
「だから、来ないんです。プレゼントなら、ぼくがあげますから」
「黙れ偽者」
冷たく言い放つ彼女の瞳が、きらりと純粋な輝きを宿しているのを、ぼくは見てしまった。
 うわあ、これは本気だ。来なかったら、明日、かなり凹みそうな感じ。でも、来ないもんは来ない。
 ため息をつきつつ、クラブさんは長い間、音楽準備室で眠ってたんだよなあ、と、しばらく忘れていたことを思い返す。ここ最近はぼくの部屋の座敷わらしみたいになっているけど、元をただせば彼女は人間ではなく、楽器なのだった。今流行りの擬人化ってやつだ、トレンドだ、と我が家の二番目の兄なら言うだろう。ましろも同じようなことを言いそうだ。彼らなら、クラブさんがクラブさんとしてここに存在することの不思議を解き明かせるのだろうか。ぼくは、いまだにこの現実の意味がよくわかっていなかったりする。どうあがいても彼女は人間の形をしてぼくの部屋に住んでいて、ぼくはそんな彼女と恋人っぽく振る舞ったりしている、という事実は揺らがない。もう深く考えるのはとっくにやめている。けど、たまに不安になる。クラブさんは、いつまでここにいるんだろう。どこから来て、どこへ行くんだろう。たとえば、ぼくがいなくなったら。彼女はまた一人きりで、ここにとどまり続けるのだろうか。これまで、ありあまる悠久の時間を一人で過ごしてきたみたいに。
「うーん」
なぜか、唐突に重苦しい気分になってしまった。クリスマスだというのに、どうしてこんな思考に行きついてしまうのか。そもそもまともにクリスマスを祝うことのない家だから、仕方ないとも言える。両親は早めに寝てしまうだろうし、長男はいつも通り、部屋に閉じこもって原稿に追われているに違いない。次男は何をしているか不明だが、おそらく外出している。大学のサークルの催しか何かに参加しているのだろう。
 そしてぼくは、クラブさんと二人きり。二人きり、といえば語感はいいものの、クラブさんはぼくの部屋のベッドの上からどいてくれない。ベッドの上、という単語も意味深だけど、クラブさんはあぐらをかいてふんぞりかえっているだけなので、色気のある展開とは無縁である。うーん、どうしたものか。このままだと、ぼくは床の上で寝ることになる。さらに、明日、クラブさんが凹む。大人びているように見えて、純粋で傷つきやすかったりするから、凹むと厄介だ。どうにかして、サンタさんをでっちあげないと。でも、どうやって?
 ぼく自身は、彼女にあげるプレゼントをちゃんと用意している。それを、サンタさんが来て、部屋に入れていったように偽装することもできなくはない。ただ、その小細工がバレたらものすごく怒られそうだし、ぼくがこの部屋にあるプレゼントを持ち出したら、絶対気付かれると思う。
 だからまあ、誰かに協力してもらった方がいいだろう、と思う。誰かと言っても、クリスマスの夜にいきなり連絡してすぐに助力してくれるような人間はそうそういない。あまり関わりたくない変人の顔しか思い浮かばない。ぼくはため息をつきつつ、そいつにメールを打った。メールを打つ間、高速で作戦を考え、その作戦のための伏線を張り巡らせる。ぴこーん。ぼくの脳内でランプが灯る。作戦、決定の合図だ。

「ところで、クラブさん。サンタさんを待っているということは、サンタさんに対する作法も心得ているんでしょうね」
「うん? いや、知らないな。確かに、初対面で無礼があってはいかん。教えてくれ」
ぼくが作戦に基づいて話を振ると、見事に食いついてきた。ぼくは続ける。
「まず、サンタさんが来るのは夜中です。受け取る側としては、眠りに落ちている状態が望ましい。次に、サンタクロースというものは、姿を見られるのを極端に嫌います。もし、彼がやって来たときに自分が起きていたとしても、自分から姿を見てはいけません。あとをつけるのもダメです」
「ふうむ、そういうものなのかあ」
クラブさんは感慨深げにうなずいている。ぼくは説明を続ける。
「最後に、プレゼントの内容に文句を言ってはいけません。来年、プレゼントがもらえなくなります」
「むむ!それは困る。わかった、文句は言わないぞ」
よし、うまいこと飲み込んでくれたようだ。これで準備は万端。あとは……ぼくの寝る場所、だな。
「あの、クラブさん。ぼくは今日、どこで寝ればいいんでしょうか」
「一緒にベッドで寝るに決まってるだろ」
クラブさんがあまりにも平然と言うので、一瞬納得しかけた。床で寝ろ、と言われるよりたちが悪い。
「……なんでそうなるんですか」
「ベッドで寝ないと、プレゼントがもらえないぞ」
「ぼくは、プレゼントは要りません」
「いや、いるだろ。サンタさんもきっと二人分用意しているはずだ」
クラブさんが堂々と断言した。……確かに、今日の「サンタさん」はぼくの分まで用意しているかもしれない。奴は異様にお節介だからなあ。しかし、だからといって、シングルベッドに二人で寝るのってどうなんだろう。倫理委員会からお叱りを受けそうだ。
 クラブさんはにっこり笑ってこう言った。
「わたしは特に気にしないぞ。おまえが熟睡してるとき、たまにベッドに侵入して、ほっぺた引っ張って遊んでるしな」
「何してるんですか!」
そしてぼく、なんでそんなことされても起きないんだ。熟睡しているにもほどがある。
「クラブさんは女性ですから。楽器状態ならともかく、その姿で一緒に寝るというのはどうかと」
「お。さざめくんも人並みにお年頃というやつなのですな。ひゅーひゅー」
クラブさんが唇を尖らせて茶化す。
「九十年代の週刊マンガ雑誌みたいなテンションで言わないでください」
「ひゃー、図星だ図星だー。さざめくんかーわーいーっ」
それを聞いたぼくは苦虫をかみつぶしたような気分になる。なんか、言い回しが古臭いんだよな、この人。実際、ぼくよりも数倍年上なのだから、感性が古いのは仕方ないとしても、何に影響を受けたらこんな話し方をするようになるのか、いまいちわからない。

 ひゅーだのひゃーだのと騒いでいたクラブさんだが、しばらく経って真顔になった。彼女はぼくを見てこう言った。
「……さざめは、わたしと一緒に寝るのは嫌か?」
そのとき、彼女の瞳の中の光が、ぼくを捕らえてしまった。
……否定したら泣きだしそうな顔で言うのは、明らかに反則である。そんな顔で言われたら、嫌とは言えない。ぼくは仕方なく、こう答える。
「嫌じゃないです、けど」
「ならオッケーだな。寝よう寝よう」
クラブさんがぼくの腰にがっしりしがみついて、そのままベッドに倒れ込んだ。不意打ちを食らったぼくも、バランスを崩してベッドに沈む。スプリングが軋む音がする。
「ちょ、クラブさん、まだ寝るには早いんですけど」
「早寝早起きはサンモンの得だぞー。試験で有利だぞー」
「その三問じゃないです。しかも、早寝は関係ないです」
「ふむ? じゃあ鮭的な意味なのか。川で捕獲するのか」
「それはサーモンです」
「細かいこと気にすると、禿げるぞ。おまえの兄貴みたいに」
「…………」
いや、次男のあれは禿げたわけじゃなくて、スキンヘッドという髪型の一形態なんですが。
フォローしようかと思ったが、別に勘違いしているままでも支障はなさそうなので放っておくことにする。ぼくは、兄貴に対してはわりとドライなのだ。
「……ふふ」
クラブさんは、ぼくの胸に顔をうずめて笑った。「あったかいなあ」
 もしかすると、彼女はこうやってぼくに――温かい人間の肌に触れる、正当な理由がほしかっただけなのかもしれない。ベッドにもぐりこむ理由なんて、そうそう捏造できるものじゃない。それこそ、サンタクロースを利用しなくちゃ、ぼくの寝床に入りこむ理由なんて作れない。
 冷たい部屋で一人で過ごしつづけてきたクラブさんにとっては、たぶん、こんなぼくでも、すごく大切な存在なのだ。愛が重い、という表現は彼女にこそふさわしいだろう。クラブさんの気持ちは、ちゃんとリアルな重みを持ってぼくの心に伝わる。ぼくには想像もつかないほど長期間、彼女が持て余し続けてきた感情。それが、今、ここでぼくに向けられている。それって、けっこうすごいことなのではないかと思う。
 結論として――ぼくはクラブさんには勝てない。何か決定的な弱みでも握られているみたいに、意のままにされてしまう。そしてぼく自身、それを不幸だとは感じない。むしろ、名誉なことなのではないだろうか。こんな非現実的な恋は、なかなかできない。
「もう、仕方ない人だなあ」
人じゃないけど、と脳内で付け加えつつ、ぼくはつぶやいた。クラブさんが何か言ってくるかと思って身構えたが、彼女はすでにぼくの隣で寝息を立てていた。寝るの早いな。本当に色気のかけらもない展開になっている。
 やれやれ、とつぶやきながら、クラブさんに背を向けて、そのまま寝ることにした。
 窓の鍵は開けておいたから、きっと奴はぼくの指示通りに動いてくれるだろう。


「さざめー!!」
翌朝、クラブさんの歓声で目が覚めた。
「なんですか」
クラブさんはすでにベッドから降りている。その手にはなんだかよくわからない、白い機械が握られている。彼女はくるくるとスカートを翻してその場で回った。回った、というべきか、踊った、というべきか、ちょっと迷う動作だ。
「サンタさんが来たんだ!」
「そうですか」
枕元を見てみると、何か箱のようなものが置かれていた。クラブさんが持っているものが彼女宛てなのだとすると、これが、ぼくの分、なのだろう。
「その機械は何なんです?」
「さあ」
クラブさんは首をかしげつつ、ぴこぴこと音をさせて白い機械のボタンを押す。やがて、ぴろりろりーん、と間抜けな音がして、機械は「コンニチハ」などと音声を発し始めた。どうやら、機械とコミュニケーションできる類のおもちゃらしい。たぶん、手作りなのだろう。ぼくのプレゼントの中身も、お手製のロボか何かかもしれない。
「うーん、あいつらしいな」
「あいつ?」とクラブさんが聞き返すが、ぼくは適当に笑ってごまかす。
「そうそう、昨日、サンタさんが来たときたまたま起きてたけど、さざめに言われた通り、動かなかったし姿もほとんど見なかったぞ!偉いだろう!」
プレゼントで遊んでいるクラブさんが誇らしげに宣言し、ぼくは驚きでひっくり返る。
「マジでか!」
まさか起きているとは思わなかった。昨日、念のため注意しておいて本当によかった。ぼくがああいう風に事前に忠告しなかったら、サンタクロースの正体がばれ、芋づる式にぼくの策略も発覚していたに違いない。ぼく、グッジョブ。ちなみに、ぼくは熟睡していたのでサンタには気付きませんでした。
 何も知らないクラブさんは、さらに衝撃の事実を追加してくる。
「入ってくるときにちらっと見えたんだが、本当にサンタさんは赤い服を着ているんだな。ちょっと、感動しちゃったぞ」
ぼくは瞬時、絶句した。
「…………律儀だな、ましろ」
「ん?マシロコがどうかしたか?」
「いや、なんでもないです」
窓から適当に何か放り込んでおいてくれればいい、と指示したのにもかかわらず、枕元にプレゼントが置いてあることに違和感を覚えていたのだが、彼女はしっかり家の中に侵入してプレゼントを置いて行ったらしい。しかも、ご丁寧に赤い服を着て。
 こういうお祭りごとや頼まれごとには全力でノリノリな女、それが大宮ましろであった。ぼくらが気付かなくても、白いひげや、トナカイやそり的な何かも準備していたかもしれない。そんなことをしていたとしても違和感がないくらいに、ましろという奴は人間的に規格外なのだ。
 窓からの不法侵入に関してはもう何度目かわからないので無視しておこう。しかしながら、クラブさんの姿がましろに「見えない」という事実は結果的に平和な結末を呼んだなあ、としみじみ考える。自称校内風紀委員の彼女に、年齢不詳の美女と添い寝していたのを知られたら……地味に怒られそうな気がする。断罪チョップを三発ほど喰らいそうだ。
「えへへ、うれしいな。来年も来てくれるかな」
大宮ましろのチョップに思いを馳せるぼくの本心を知らないクラブさんは、珍しくにこにこと嬉しそうにしている。とても機嫌がいいようだ。謎の機械を操作する彼女の白い指が妙にまぶしく思えて、ぼくもつられて笑った。今度会ったら、ましろにもちゃんとお返しのプレゼントを渡さなければならない。ましろが満足に頷くプレゼントというのはすぐには思いつかない。少し苦労しそうだけれど、平和なクリスマスの代償としては、安いものだろう。



091224