イレーサー




 その能力に気づいたのは、平日の昼間からパチンコに行った帰りのことだった。
 パチンコの結果については詳しくは語るまい。パチンコ店に行くのは生まれて初めてだったのだが、ルールはよくわからないし、店内は鼓膜が破れるのではないかと思うほどうるさいしで、不愉快づくめだった。もう行かないだろう。
 そんなことを言いつつ、五千円ほどすってしまった。「平日の昼間からパチンコ」というダメ人間の模型じみたことをやってみたかっただけだというのに、ひどい出費だった。鬼のようなコストパフォーマンスだ。

 パチンコの裏の道は不良のたまり場になっており、帰るためにはそこを通らなくてはいけない。忌まわしいと思ったが、幸い、今日は誰もいないようだった。そっと通りぬける。そのとき、空き缶が落ちていたので反射的に蹴りあげた。

 コン、と軽い音がして缶が舞いあがったが、落ちてこない。
「ん?」
 缶が消えていた。
 そんなわけはないと思い、隣にあった小石も蹴ってみた。
 重みがないせいか、石は缶ほどは高い場所に上がらず、前方へ勢いよく飛んでいった。
 ゆっくりと歩いていって、石があるはずの場所を確かめる。
 何もなかった。

 帰って、隣家の少年に相談したところ、「それは『イレーサー』だ」と言う。
 彼は近所でも頭がいいと評判の、生意気な天才児である。
「イレーサー?」
「日本語でいうところの『消しゴム』を意味する単語だ」
なら最初から『消しゴム』でいいだろうが。
俺の抗議を無視し、少年は白い手のひらをひらひらとさせながら、
「『イレーサー』というのは、最近流行の都市伝説の異称なのさ。そういうのって、英語のほうが『それ』っぽいだろう。いろんなバリエーションがあるんだけれど、『触れたものが消える』というのが、バリエーションのなかで共有される大筋だね」
「じゃあ、俺が触った缶と石は、超能力だか霊能力だかで消えたってのか? まさか」
「ぼくは見ていないからなあ。あなたは酔っ払っていただけかもしれない」
呑気にコメントする少年だが、俺は「冗談じゃない」と吠える。たしかに俺はダメ人間だが、平日の昼間から酔っ払うなんて、そんな愚かなことはしない。
「ふうん。じゃあ、これを消してみてよ」
と言って、少年は四つ折りにした紙を手渡してきた。俺は右手で触れてみたが、当然のことながら消えない。
「消えないね。つまらないな。役に立たない」
「なんだと」
「これはね、この間のテストなんだ。頭のいいぼくだから、ほんとうは百点がとれるはずだったんだけど、うっかりして名前を書き忘れて0点になってしまった」
「俺の『消しゴム』を、自分の失敗の隠滅に使おうとしたな!」
いけすかないガキだと思っていたが、やっぱり、いやなやつだ。
「おまえみたいなガキに相談した俺がバカだったよ。どうせ、缶や石が消えたのも俺の気のせい。気にしないことにするよ。長い人生、細かいことを気にしてたら息切れしちまう」
「そうかい、つまらないね。都市伝説の当事者になるのは、ずっと夢だったんだけど」
「本当にいやなガキだな!」
こういうガキが進学校に合格して、官僚やら弁護士やらになるのかと思うと頭痛がする。
「じゃあな、俺は帰るぜ。そろそろ仕事を探さないとな」
そう言いつつドアに近づいたとき、俺の足が少年の足の先に軽く当たった。
「おう、ごめんよ。今のはわざとじゃねーんだ」
適当に謝って済まそうとして、はっと気がついた。
少年がいない。
しかたがないので、部屋に落ちているテスト用紙を拾って、ハローワークに行くことにした。
まあ、この俺ならビルの掃除係にくらいはなれるだろう、と楽観しながら。



20140605