わたしの彼は野球が好き。
 野球なんてどこがいいのと尋ねてみると、彼はいやな顔ひとつせずにこう言うのだ。
「転がる球を追いかけるのが好きなんだよな。おれ、猫なのかもしれない」
「なにそれ。野球じゃなくてもいいんじゃないの?」
そう笑い飛ばしたのは、三年ほど前のことだっただろうか。
 その時点では、ただの笑い話。
 今朝はとても寒い朝で、三月なのに雪が降りそうな日だった。
 寒い以外に特別な意味のないその朝、彼は猫になってしまった。
「にゃー」
好きな選手の話をしない、ナイターを心待ちにしたりもしない。言葉を発することのない銀色の毛の猫は、わたしの横で布団にくるまって、呑気そうに寝ていた。
「勇太……なんだよね?」
「にゃー」
その声を聞いて、これは勇太だ、と思った。理由は特にないのだが、ずっと彼と過ごしてきてわたしのカンである。
「そうだ、今、編みかけのマフラーがあるんだ。毛糸もけっこう残ってるから、持ってきてあげるね」
ピンク色の毛糸を、思い切って猫の前に転がした。勢いがついた球体は、糸をほどきながら鮮やかにフローリングの床を走る。
「にゃー」
猫はその後を必死に追っていく。いつも、画面のなかの球体を必死に目で追う勇太にそっくりなこの猫。
 この猫は、勇太かもしれないし、勇太ではないかもしれない。
 でも、わたしは責任をもって飼おうと心に誓った。
 名前はユータ。ユータ、と呼びかけると、きれいな毛糸に絡まりながら、銀色の毛並みの猫がにゃぁと鳴く。悲しげなのか、嬉しげなのか、はかりかねるような声で、にゃぁにゃぁと鳴くのだ。
 凍てつくような三月の朝。
 わたしは野球好きの彼と、また暮らしはじめた。



20160306

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