足払い



 友人の言によれば、春は心が晴れる季節で、足取りが軽くなるのだという。新入生歓迎会も楽しいし、新しい出会いが満ち溢れて、思わずスキップをしてしまうらしい。
 わたしはむしろ、春という季節には気持ちが重くなる。五月病なのかもしれないが、新しい出会いというものがひどく億劫なのだ。
 そんなことを考えて大学に通っていたのだが、今年も春が来てしまった。この大学で迎える三年目の春――校門に辿り着いたわたしを待っていたのは、軽快な足払いによる出会いの洗礼であった。

 見慣れた門から校舎を見渡し、新春の憂鬱に浸ろうとした。その瞬間、なぜか世界が転倒した。ざらざらした砂で埋められた地面。地面なんてものをこんな間近で見ることはそうそうなかろう。頭の片側がひどく痛む。横向きに倒れたらしいが、なぜ倒れたのか。そういえば、足が痛い。足を、払われたのか。なぜ。

 頭のなかが「なぜ」という言葉でいっぱいになったが、「やあ、こんにちは」という明るい挨拶が聞こえたので、そちらへ意識を向けた。地面に転がったまま見上げると、快活そうな男子がニコニコ笑っていた。知らない顔だ。
「足払いをさせてもらいました」
彼は信じられないことを笑顔で申告する。
「なぜ?」
わたしは、心に渦巻く言葉を吐き出した。彼はこう答えた。
「まったくもって無礼かもしれませんが、ぼくはこうして毎年、U2を払うためにここにいるのです」
「U2?」
「そう、U2。それは、春になると人の心を蝕む、妖怪のようなものですよ」
……とんでもない電波さんに出会ってしまった。そんなふうに思いかけたわたしは、あっと声を上げた。彼の背後に、大きな桜の樹があった。ピンク色の花弁が、ふわふわと風に舞うこの景色。しばらく忘れていた、あたたかい感情を思い出すような、そんな気がする。

「こうして寝転ぶと、あの桜がとてもよく見えるのです。U2は桜のうつくしさにとても弱い。これで、あなたのU2を払うことができました」

 彼は相変わらず意味のわからないことを言う。だが、なぜか粋ではあった。
 唖然としながら立ち上がったわたしは、彼の言わんとしていることがなんとなくわかった。ニンマリと笑いながら、不意をつくように、彼の足を払う。意外と簡単だった。地面にバタンと倒れた彼は、ニヤリと笑った。「あなたも、なかなかやりますね。我が格闘技研究会に入るといいですよ」
「遠慮しておきます」
と答え、わたしは軽くなった足取りでスキップをしつつ、自分の通うサークルへと向かっていった。


20140818