酒に呑まれる



 紅く滴る血のようなワイン。安っぽい果実の味わいがたまらないチューハイ。カシス。梅酒。焼けるようなジン。ウォッカ。焼酎。濃い日本酒。琥珀と見紛うようなウイスキー。ブランデー。名前を聞くだけでもたまらない、スクリュードライバー。ジントニック。ソルティー・ドッグ。モスコ・ミュール。金色の、ジョッキいっぱいの、ビール。

 ぼくの頭のなかで、さまざまな酒のイメージが流れては消えていく。嫌いな酒はない。どんな薄いものでも。どんな強い酒でも。チューハイなんてジュース同然だとか、ワインなんてお高くとまっているだとか、そんなわがままは言わない。アルコールさえ入っているのならば、なんでも飲みたい。この際、工業用アルコールだってかまわない。誰か、ぼくに酒をくれ。頼む。

 今日、ぼくは医者から断酒を言い渡された。
 正直、酒をやめるなんて、いやだ。死んだ方がマシである。
 病院を出て、晴れ渡る空を眺めて、ため息をついた。
 どうしてこうなったのかと言えば、今までの人生で、酒を飲みすぎたからだろう。
 成人した瞬間から、酒を飲みつづけて生きてきた。それが当然だと思っていたから、自重することはなかった。
 それで、このザマだ。
 アル中だとは言われなかったが、もう飲んではいけない、それ以上飲むと死ぬ、という。
 
 飲まない人生なんて、考えたこともなかった。子供の頃は考えていたのかもしれないが、記憶にない。きっと、とてもつらいものだと思う。こんな、焼けつくような夏の日差しの下で、一杯のビールもなく生きていくなんて、耐えられない。

 そういえば、昔、空から酒が降ってくるといいなと思っていた。蛇口からビールが出ればいいな、とも。まだ夢見がちだった二十代の頃である。
 バカだったなあ、と思って、ふと、晴れた空の上空に位置する太陽のほうを見やると、水滴が一滴落ちてくるのが見えた。天気雨だ。普通、そんなものが落ちてくるのを目で見るなんてことはそうそうないだろうが、なぜか見ることができた。思わず、口を開けて受け止める。きっとただの雨だったのだろうが、酒のことばかり考えていたせいか、非常に濃い酒の味がしたような気がした。うまい。
 すこし待ったが、もうその水滴は降ってこなかった。とても残念に思いながら、ぼくは家に帰ることにした。


20140910