『 死体 』

「おい、死体が来たぞ」と囁かれて振り返ると、美しい少女の死骸があるいている。
みなが一斉に道をあける中で、わたしはその場から動けない。
「おにいさん」
少女はわたしに歩み寄って笑いかけた。少女は普通の人間とまったく変わらない外見をもちながら、しかし明確に死んでいた。
「おにいさん、とても綺麗ね」
動けなかった。彼女の長い髪はさらさらと流れ、白すぎる手は陶器のように今にも割れそうだった。青い目は光を失っているのに、宝石のように輝いて。
魅せられた、のだろう。
「君の方がきれいだ」
と口にした瞬間、契約が終わる。世界にはわたしと彼女しかいなくなる。生きとし生けるすべてのものは無意味となろう。それは明確なエゴであり冒涜である。だが有意義だ。死せるもののみに意味があり、生とは死にいたるための道程でしかない。ああ、人間たちよ。君たちは知らぬだろう。死んでしまった彼女の美しさを。月が死んだように輝きつづけるように。太陽が死んだように残酷なように。人間も死んだように輝き、無慈悲であるべきだ。
だからわたしは無慈悲になろう。
世界のすべてを排斥することで、彼女と契約することで、死体となろう。
わたしはそっと彼女の手をとり、キスをする。
冷たいその手には、いつのまにか指輪が嵌められていた。
「僕は、君のために、死骸となろう」
もはやわたしでなくなったわたしが、そう言って笑った。


2011年04月23日(土) 

あなたのために死ねることは、あなたのために生きるよりも、わたしにとって価値のあることである。
なぜなら、死ぬことは一度しかできないから。
だからこそ、あなたと生きたいと思うのです。
わたしはもう死んでいるから。