『 とっておきのドレスは、線路に飛び込むときのために 』

   線路のわきを歩いている夢の中の私は、特に何か悲しいことがあったというわけでもなく、何か幸せなことがあったわけでもなく――ぼんやりと生きていた。
 線路と道を隔てる柵の類はなかった。
 電車が通るたび、考えることは、そこに飛び込まなければならないということだ。
 飛び込まなければ、いけない。
 なぜ?という疑問は意味をなさない。ただ、そうすることが自分の義務であるから。
 飛び込むことはできず、そこに佇んでいるだけなのだけれど、そこから去ることもせず。私はいつまでもいつまでもそこで線路に飛び込む自分自身を幻視しつづける。
 電車は走り続け、私は佇み続ける。
 夢は永遠に続いていき、そしてその夢こそが私にとっての現実だった。
 勇気はない。救いはない。仲間はいない。愛はない。暴力はある。死はないかもしれないが生もない。性に意味はない。欲だけはあるが必要ない。私に人生はない。ただ存在しているだけだ。白い本のページ上に一滴垂らした墨汁のしずくのように、脈絡がない。必要がない。ただの誤謬。それが私だった。でも生きている。生きているから夢を見る。夢の中の電車に乗ることは、一度だってありえない。だって、私にとっての電車は、乗るものではなく、轢かれるものだから。遠くへ行くことなど叶わない、私はいつだって、ここにいる。


2011年11月08日(火)


人を殺した人は消えてなくなるけれど、
人を殺した電車はどうなるか、あなたは知っている?