そうだ、聖地、行こう

 今日も、新幹線をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は『ひかり号 新大阪行き』です。
 次は、浜松。浜松――

 無機質なアナウンスが響き渡る。それ以外の音はまったくしない。静かな車内だった。
 車内で買った珈琲を片手に、加持はぼんやりと外の風景を眺めている。
「あー、どうすっかなあ」
 置き手紙を残して飛びだしてきたのはいいが、行き先や目的を決めていなかった。
 とりあえず浜松行きの切符を買って、東京駅から新幹線に乗ってみたが……これからどうしようか。

 幸いにして、浜松は観光地である。特撮のロケ地もあるし、いろいろまわりながら考えてみようではないか。とりあえず、うなぎを食べよう。バームクーヘンもうまいらしい。以前に大学の同期の女子が買ってきた、お茶を練り込んだフィナンシェもほしいところだ。
 加持のモットーは、いつでも前向きになにかを楽しんでみるということだった。悩みがあるからといって、ふさぎこんでいても仕方がない。

 ……浜松駅に降り立ってみると、思っていたよりも都会的な街だった。もっと観光地っぽい泥臭さがあるのかと思っていたのだが。
 ドトール、スターバックスコーヒーなど、著名なファーストフードチェーン店は一通り揃っているし、ユニクロもある。アニメイトやらしんばんまで立ち並んでおり、東京にいるのとたいして変わらない。駅から少し離れたところにはゲームセンターやフィギュアギャラリーなどがあり、オタクとしても嬉しい立地である。ギャラリーにはウルトラマンの造形物が多く並んでいて、小一時間楽しめてしまった。

 加持は凝り性なので、新たな土地に降り立つたびに、こうして妙な批評を繰り広げている。
 悩みを解決するためのまじめな旅……ではあるのだが、どうせならエンジョイして帰ったほうが、あとから思い出したときにも幸せだろうと思う。

 駅からすこし歩いて、ゲームセンターへ行くことにした。
 カラオケが多く立ち並ぶ通りのなかに、赤い看板のゲームセンターが佇んでいる。中へ入ると、平日にしては盛況だった。
 昔やっていた格闘ゲームの台が空いていたので、ワンコイン入れてみた。対戦者はいないため、CPUと闘いつつ、乱入を待つ形だ。むかしちょっとかじっていたくらいで、格闘ゲームにはあまり明るくない。が、「特撮ヒロインのピンチ」略して「ヒロピン」を愛する人間としては、格闘ゲームにはヒーロー特撮と近いものを感じる。格闘ゲームのヒロインも、やはり戦闘によってピンチになるのだから。

 迷わずに、もっともヒロピンに映えそうな女性キャラを選択し、ゲームをはじめた。CPUを四人ほど倒したところで、挑戦者が乱入してくる。
 挑戦者も女性キャラだった。小柄な少女キャラクターで、引き締まった肉体がうつくしい。
 ゲームセンターでこのキャラクターに遭遇するのは初めてかもしれない。
 必死に思い出したコマンドを駆使して頑張ってみたものの、惨敗してしまった。悔しくて二度三度とコインを入れ直したが、やはりだめ。この対戦相手、相当に強い。
 四度目の負けで、加持は観念して立ち上がり、向かい側の筐体に座る人物を見つめた。

 そこにいたのは、中性的な外見の少年だ。加持を見つけると、幸の薄そうな顔に優しい笑みを浮かべてみせた。
「格ゲー、お好きなんですか?」
「好きといえるほど詳しくはない。久しぶりにゲーセンに来たから、触ってみただけだ」
 格ゲーではなく「ヒロピン」が好きなので……などと、ほんとうのことを言うわけにもいかないので、加持は雑な返答をした。
「そっか。このゲーセンで格ゲーやる人ってめずらしいんですよ。よかったら、また今度、一緒にやりませんか?」
「いや……ふらっと新幹線で立ち寄っただけなんだ。あしたには浜松を出るつもりだ」
「残念、旅の方でしたか。では、浜松、案内しましょうか?」
 妙に親切だ。しかし、怪しいなどとは思わなかった。同志に久々に巡り会えたオタクなんて、みんなこんなものだろう。
「それはありがたい。中田島砂丘と浜名湖へ行こうというのは決めていたのだが、それ以外はまったく決めていないんだ」
「中田島砂丘? めずらしいチョイスですね。もしかして、特撮ファンとか?」
 加持は心の底から笑顔になってしまった。
 たぶん、同志に巡り会えたオタクの表情だったと思う。

「ぼく、名取郁(なとりかおる)といいます。ゲーセンが好きなオタク……というところです。専門は格ゲ―なんですが、シューティング、音ゲーからUFOキャッチャーや脱衣麻雀まで、ゲーセンにあるものならなんでもやります」
「加持夏輝。特撮を愛するオタクだ! 好きなライダーはサガとサソード!」
 ちなみにこの自己紹介、「好きなライダー」の部分はその日の気分によって変わったりする。だって、基本的にどのライダーも好きだから。
 砂丘のうえを歩きながら、ふたりはそんなふうに自己紹介しあった。
「ぼくはゲーセンにある特撮ゲームをやるくらいで、特撮そのものには詳しくないんですが、加持さんは昔から特撮ファンをやっていらっしゃるんですか?」
「そうだな。ガチガチのオタクになったのは高校生くらいのときかもしれないが、特撮は昔から好きだ。名取くんは……今、ちょうど高校生くらいか?」
 名取はおかしそうに笑った。
「はは。そんなに若く見えますか? ぼく、こう見えても大学四年生なんです。今、卒業論文を書いてるところですよ」
「え……じゃあぼくとたいして変わらないのか? ぜんぜんそうは見えんな……」
「ゲームばかりやっているから、子どもっぽく見えるんですかね。どうすれば加持さんのように大人っぽくなれるでしょうか?」
 自分も特撮ばかり愛しているから子どもっぽいのだ……と思いつつ、加持は苦笑いしてごまかす。
 名取は身軽に話題を変えた。
「加持さんは、どうして浜松へ? 浜名湖と中田島砂丘だけを見に来るのは、観光客としてはめずらしいと思いますが」
「……ちょっと、悩みがあってな。住んでいる土地を離れて、ひとりで考えたくなったのだ」
「ぼく、邪魔してしまったでしょうか?」
 どうやら名取は気遣いのできる男のようだった。
「邪魔なんかじゃない。むしろ、助かったよ。ぼくひとりでは、辛気臭いだけの旅になっていただろうし……」
 名取の方を見る。くりくりとした、少年のような大きな瞳と目が合った。
 どうしてだろうか、この彼になら打ち明けてもいいような気がした。
 サークルのメンツには言えなくとも、行きずりの彼になら……。
「なあ、名取くん。ぼくは『他人を変えてしまった』かもしれないんだ。変えてはいけないものを、身勝手に変えてしまったかもしれない。それで思い悩んでいる……」
 名取は、目を見開いて驚きながら、加持の話を聞きはじめた。
 加持の話はとりとめもなく、ただただ長かったが、名取は嫌がらずに聞いてくれた。
 そして、すべて聞き終わった彼は、ぽつりとこう漏らした。
「……加持さん。ぼくは、『変わらないぼく』が嫌いでした。今でもそうかもしれない。ぼくの話も、聞いてもらえますか?」
 風が砂丘の砂を軽く巻き上げる。
 加持は名取の話を聞き逃すまいと、彼を見つめながら耳に神経を集中させた。



20170719

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