挫折と復活はおれたちのセオリーだ

 ねえ、加持さん。自分が何者か、考えたことってありますか。普通の人は、そんなこと考えもしないんじゃないかって、ぼくは思うんです。普通の人っていうのは漠然としていて卑怯な言い方ですけど、人生に違和感を持ったことのない人、って言ったらいいんでしょうか。ぼくは生まれながらにして違和感だらけの人生だったので、そういうのってすごく憧れるんです。

 小学校に通っていたころ、休み時間に見た光景が忘れられません。男子は外へ虫取りをしに行って、女子は教室でトランプをしていたんです。「スピード」って知ってますか、トランプの。あの遊びがすごく流行っていて。女子は二人で一組になって、ずっとそれをやってるんです。
 ぼくは、虫取りとトランプ、どちらに混ざったらいいのかわからなかった。
 それが最初の違和感でした。
 結局、どちらにも混ざらずに、図書室で本を読んでいたんです。ほかにもそういう子が何人かいて、彼らとは仲良くなることができました。ぼくはここにいていいんだって思えた。三国志、少年探偵団、芥川龍之介、ズッコケ三人組、エトセトラ、エトセトラ。創作の世界はぼくを裏切ることがなかった。
 中学に入ると、みんなさかんに恋バナをするようになって、ぼくの持つ違和感は、より具体的なものに変わっていきました。
 ぼく、だれのことも好きじゃなかったんです。
 かわいい女の子を見ても、なにも感じない。急激に、同い年の男子たちの話についていけなくなりました。
 
 世の中には、恋をして、結婚をして、子どもを産んで、という作業をこなして初めて一人前だという風潮がありますよね。結婚しても、子どもがいなければダメ。恋をしたことがないなんてもっとダメ。人間らしさを獲得しなければ、どんな成功をおさめてもモンスターにしかなれない。どうして恋なんてしなきゃいけないんでしょう。ぼくには理解できない。
 でも、ぼくがそれを理解できないのは、欠陥品だからだ。

 ……ぼく、たぶん男じゃないんです。じゃあ女かと聞かれたら、それもなんだか違う。自分が何者なのかわからない。偽物なんですよ。逆に、みんなどうして自分が男だと信じているのか、わからない。ペニスがついていれば、男ですか? ぼくにはそんな実感はない。なにもないんだ。

 「もっと男らしくしなきゃだめよ」なんて母には言われつづけました。
 ある日、男らしくなろうと思って、ゲーセンに行ってみた。世間一般の男の子は格闘ゲームが好きだから……なんて思いながらの行動でしたが、これがすごくハマったんです。『これ』をやっていれば、男になれるような気がして。「ここにいてもいい」と言われている気がして。
 ゲーセンにいるときだけ、ほんとうの男になれると思っていたのかもしれません。いまのぼくは、そんな都合のいいことはないってわかってる。ゲームには、男も女もない。ただ、ぼくのほんとうの姿が画面に投影されているだけ。そんなだから、ハマったんですよね。きっと。

 ぼくは結局、変われませんでした。レプリカのような人間のまま、なにもわからないぼくのまま。女の子らしくなることもなかったし、男になることもできない。でも、そんなぼくはやっぱりたしかにここにいて、加持さんが見たぼくもほんとうのぼくなんだと思う。

 加持さんが、自分の作品によって他人を変えたと後悔しているのならば、ぼくはこう言います。変わってなんかいないって。人間は、そう簡単に他人に染まったりしないって。
 その人がそういうふうだったのは、きっと最初から決められていたことなんです。
 最初からレプリカだったぼくが言うんだから、間違いありません。

 つまらない話を聞かせてしまって、ごめんなさい。
 このあと、カフェにでも行きませんか?
 ぼくには恋愛感情はありませんけど……加持さんとお友だちになって、応援したいと思うくらいの情はあるんですよ?

+++

 唐突に加持の足元が崩れたのは、やはり、あの元日の出来事がきっかけだった。
 
「あの、ぼく……加持さんにお話ししたいというか、お聞きしたいことがあるんです。ちょっと、ふたりきりで話せませんか?」

 元日、園田トシキはどこか心細そうな目をして、そう言った。
 ユカのいないところへと捌けたあと、彼はこう切り出した。

「"日本防衛機構"ってご存知ですか?」

 おずおずと、自信のなさそうな調子ではあったが、彼は加持のほうをまっすぐに見ていた。
 あとから考えると、そのときの彼の瞳には、なんらかの決意が宿っていた。
 ……まるで、ヒーローのような。
 
「あ、ああ」
「やっぱり。”監督・プロデューサー・その他雑用"の、加持さんだったんですね」
「きみは、うちのサイトのお客さんか」

 この時点では、加持は特に不安を感じてはいなかった。特撮好きの同志に出会えて嬉しい、もっと話したい、とすら思っていた。
 しかし、トシキが次に発言したとき、加持はあきらかに狼狽している自分に気がついた。

「ぼく、これまで、自分が何者なのかわからなかったんです。でも、”防衛機構”のおかげで、わかった。ぼくは同性愛者だったんだと。もし加持さんに会うことがあったら、それを感謝したいと思っていました。加持さんはぼくのヒーローなんです」

 自分はヒーローなんかではない、と強く思った。
 この純真そうな青年の感謝に報いるような前向きな心を、自分は持ってはいない。すくなくとも、同性愛者向けのAVは加持のほんとうに撮りたいものではないのだから。
 女優がいないから、一時的に、仕方なく。
 そんなお題目が不誠実で無責任であったということを、ようやく知った。

「ユカや両親には縁を切られるかもしれないけど、ぼくはこのまま生きてみたいと思います。ようやくほんものの自分に、なれたような気がするから」

 トシキがすっきりとした顔で今後の展望を語るたび、加持は身を切られるような罪悪感に襲われた。
 トシキの人生はこれから、波乱に満ちたものになるだろう。もしかすると、彼を波乱に突き落としたのは加持かもしれない。明日にもトシキは加持を恨むかもしれない。
 でも、AVを撮るとはそういうことだ。
 他人の心の深いところに、土足で入っていくこと。
 わかったつもりになっていたけど、ぜんぜんわかっていなかった。
 なんてピエロだろうか、自分は。

 ……浜松行きを決意したのは、それが理由だった。
 そして、加持は出会った。名取郁に。
 名取は、何者でもなかった。それがいまの加持には救いだった。
 園田トシキと会った元日以来、『自分は何者なのか』と問いかけつづけていたせいだろうか。
 パズルのピースが欠けた穴にはまるように、名取の言葉は勇気を与えてくれた。
 カフェで名取の話を聞き終えたあと、加持は名取のメールアドレスを聞き、『日本防衛機構』のサイトアドレスを教えた。きみは『友だち』だ、と告げながら。
 そのころにはもう、迷いは晴れていた。
 
 あの場所へ帰ろう。そして、新たな一歩を踏み出そう。
 今度は、悔いのないように。間違わないように。
 幸いにして、加持は特撮が好きだ。何度間違えても、何度大事なものを失っても、人は立ち上がれる。特撮ヒーローはいつだって、そう教えてくれた。それにならって、自分も立ち上がろうではないか。
 加持夏輝は、帰りの新幹線のアナウンスを聞きながら、そう思った。

 



20190304

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