鉛と引力

その日、起床して、体が鉛のように重くなっている自分に気がついたわたしの部屋に、ひょっこりと彼が顔を出した。
「もう昼だぞー」
ぐったりとしているわたしを見て驚いたらしい彼は、目を丸くして「どうした?大丈夫か?」と言った。
「ダイジョーブ……体が重くて、動かないだけです」
「太ったのかい?」
淡々と聞く彼に悪意はない。わたしも淡々と答える。
「ちがいます」
たまにこういう日がある。朝から夕方まで、ベッドから起き上がれずに過ごしてしまう。体は液体金属が凝り固まったように重く、どうやっても動かせない。体質の問題なのだろうが、仕事にまで悪影響をもたらしてはいけないだろう。
「熱があるな」
彼はいつのまにか、わたしの方へ寄ってきて熱を測っていた。
「体が重いのは、きっと君に対して引力が過剰に働いているからだ。わたしがそばにいて、その引力を減らせるよう努力するから、安心したまえ」
「具体的に、何を努力するんです?」
「祈るだけだが?」
平然と言われると、何も言えなくなってしまう。まあ、彼はいつもこんなものだ。
「大丈夫、きっとよくなる。わたしがそれまで、そばにいるから」
額に触れた彼の手はとてもひんやりとしていて、気持ちがよかった。
「せんせい……」
意識は、ふわふわと現実と夢の間を浮遊し始める。
「こんなところにいないで、仕事しなきゃだめですよ……」
「断る。今日は一日、ここにいるぞ。隊員の危機に、隊長が共にあらずにどうする」
わたしのうわ言のような言葉は、堂々とした彼の言葉に一蹴された。
たぶん、誇らしげに胸を張って、あのまっすぐな目でわたしを見て、いるんだろう。
彼の原稿を待っている読者と編集者のためにも、わたしは早く元気にならなくてはいけないのだろう。
熱を出して臥せっているわたしを、見守ってくれる人がいる。
それはとても幸せだなあ、とふと思いながら、わたしの意識はもう一度沈んでいった。


100722