かみさまのおみやげ





 建物全体を揺るがす衝撃で、わたしはキッチンでの作業を一旦、とりやめた。
 あわてて廊下に出ると、キッチンの外は大変なことになっている。
 いまだにぐらぐらと地面が揺らいでいるし、土煙で周囲がよく見えない。
 ふと、寝室のほうを見やると、ドシンドシンという爆音とともに、怒りっぽい神さまが、悟空とベジータを爆撃していた。
 ふたりとも特訓の最中だったらしく、妙にふくらんだ服を着て、逃げ惑っている。
「ビルスさま、何していらっしゃるんですか……!?」
「あいつらが騒いで、ぼくを起こしたんだよ。絶対許さない」
 こどものようなヒラヒラしたパジャマ姿のまま、ビルスさまは憤慨している様子だ。
 先ほど昼寝しだしたばかりなので、しばらく起きないのではないかと思っていたが、どうやら、些細な物音で目をさますこともあるらしい。
「悟空さんとベジータさんが、そんなことするでしょうか」
 爆音に脳を揺さぶられつつ、わたしは首を傾げる。ここ最近、特訓のためにこの場所で過ごしているサイヤ人たちは、破壊神の寝起きが悪いことはすでに熟知しているはずだ。
 特に、長らくシーツ換えをさせられていたベジータが、神の機嫌を損ねる愚行に及ぶとは思えない。
「あいつらかどうかなんて、どうでもいいんだよ。許せないのは誰かがぼくを起こしたという事実だ」
 そう吐き捨てて、ビルスさまはひとっ飛びして、どこかへ去ってしまった。
 フリーザ復活の騒ぎが終わっても、この神さまの生活は変わらないらしい。
 相変わらず、騒がしい毎日だ。

+++

 やはり、サイヤ人たちは濡れ衣を着せられただけだったらしい。
 あの最初の轟音は、破壊神シャンパと呼ばれる者のしわざだった。
 その方の姿を、わたしはちょっとしか見られなかった。ビルスさまの血縁だということで、よく似た立ち姿が印象的だったように思う。
 第六宇宙の破壊神シャンパ。ビルスさまの双子の兄弟であるその御方が、サイヤ人たちと会話していた頃……わたしは、キッチンでの作業に戻っていた。フリーザの襲撃から地球を救ったばかりのサイヤ人や、第六・第七宇宙の破壊神とその付き人などという、そうそうたるメンバーと一緒に話し合いができるほど、料理人の地位は高くない。特に発言するようなこともないし、キッチンに戻らせてもらった。
 しかし、じゃがいもの皮をむきながら、内心、気が気でない。
「ビルスさま、変なもめごとを起こさなければいいけれど……」
なまえ。誰が、もめごとを起こすって?」
 突然、背後で聞き慣れた声がして、わたしはじゃがいもを取り落としそうになった。
「び、ビルスさま!」
 破壊神をはじめとする神さまには、人間のような"気"がない、というようなことを前にウイスが言っていた。
 そのためか、神が背後に立っていても、たいていの人間は気がつかない。
 ばくばくする胸をおさえつつ、わたしはビルスさまに向き直る。
「お客さまとのお話は、終わられたのですか?」
「これから、おもしろいことになるかもしれないね」
 と言って、彼は大きくあくびをする。言葉とは裏腹に、おもしろいとは思っていなさそうな顔だ。
 それに、昼寝したばかりなのに妙に眠そうでもある。なにか体力を使うことをしたのかもしれない。たとえば、喧嘩とか。
「あの、いったいなにがあったのですか」
 わたしが尋ねても、彼はあくびをするばかりで何も言わない。どうやら、まだ話せる情報ではないようだ。
「まあ、始まったらすぐにわかるから。もしかすると、きみにも仕事を頼むかもしれないよ」
「わたしに、仕事? 料理大会でもされるのですか? それとも、パーティ?」
「破壊神を質問攻めにするのはやめてくれるかな。そんなことより、お腹がすいたよ」
 彼の声が機嫌の悪さを帯びはじめたので、わたしはじゃがいもの皮むきに専念しだした。むきながら、にっこり笑って、彼にこう告げる。
「きょうのおやつは、マッシュポテトですよ」
「おやつで思い出したんだけど、きみ、ほかの宇宙の食べ物に興味ある?」
 ほかの宇宙の食べ物。ほかの宇宙、というフレーズがいまいちよくわからないのだけれども、それは『見たことのない、新たな食材』ということなのだろうか。
「興味あるに決まっています!」
「目の輝きが違うね。戦闘の話を振ったときのサイヤ人たちを思い出すよ」
 ビルスさまはそう言って、にっと笑う。いつもどおりの、尖り目の悪人顔だ。
「そんなきみに、これをあげる。この状態だとそんなにおいしくはないけど、きみならおいしくできるかもしれないね」
 ぽんぽんと、丸いものがふたつ飛んできた。あわててキャッチすると、何かのたまごみたいだ。見たことのない柄が刻まれている。
「な、なんのたまごですか、これ」
「ポンポン鳥……いや、フォンフォン鳥だっけ。名前はよくわからないけど、鳥のたまごだね」
「ビルスさま、相変わらず名前を覚えるの苦手なんですね……」
「文句をいうならあげないよ」
ピリリとした辛口の口調でそう言われて、わたしはあわてて取り繕う。
「文句なんてないです。神さまにプレゼントがもらえて、とても嬉しいです!光栄の極み!」
「調子いいな、きみ……」
 実際、調子はよかった。この場所には、ウイスの集めた『地球外のおいしい食べ物』がたまに運ばれてくる。それだけでも、食の勉学をしたい料理人にとって、非常にありがたい資料だ。それに加えて、今回は『宇宙の外の食べ物』まで手に入ったのだから、浮かれずにはいられない。
「これから地球が大変なことになるとしても、きみは変わらないんだろうね、なまえ
彼が小声でぼそぼそと何かを言ったので、わたしは聞き返した。
「いま、何か言いました? ビルスさま」
「何も言ってないよ。ずっと変わらない料理バカでいてくれ」

 第六宇宙と第七宇宙のあいだで、壮絶なバトルが繰り広げられるような事態になるということを、このときのわたしはまだ知らなかった。
 「第六宇宙の食材」を手に入れて浮かれていたわたしは、それからしばらくして、その裏で大きな戦いが始まっていたということに気づくのだった。
 新たな食材に浮かれるわたしと、新たな戦いに浮かれるサイヤ人。
 そんなわたしたちを、ビルスさまは何を考えながら見つめていたのだろう。
 神さまの胸中なんて、冴えない料理人のわたしにはわからない。
 ただ、たまごを手渡してくれた彼は、いつになくやさしい目をしていたから……わたしは、とても安心したのだった。



20160126


新章突入うれしいです!!という浮かれた気持ちを込めて。
身内の前で地球の食べ物を自慢しているところとか、超かわいらしかったです。来週からも楽しみ。
夢主一人称で語るとき、地の文で誰に敬称をつけるか悩んだのですが、結局、ビルスさま以外は呼び捨てすることにしました。
主に「ベジータさん」という響きが妙にくすぐったいせい。地の文以外では、だいたい「さん」づけです。
 
 
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