料理人の矜持






 食材をどのように消費するか。それは、料理をする者にとって重要な課題だ。
 料理人たるもの、食材をムダにしてはならない。それがわたしの座右の銘である。料理人は食材に生かされているようなものだからだ。しかし、すべての食材をきっちり使い切ることはむずかしい。
 当然だが、ビルスさまは好きなものしか食べない。つまり、付き人のウイスとわたしだけで残りのものをたいらげなければならない。ウイスとて、残飯処理係でもなんでもない。彼も、基本的においしそうなものしか食べたがらないのだ。
 結果的に、食材のやりくりはわたしにとって、料理そのものよりもむずかしい課題である。食材を余らせたくないという一心で、ひとりで余りものを食べつづけることもある。
 ウイスに頼めば、例のふしぎな力でなんとかしてくれるかもしれない。でも、そういうものに頼りたくないとわたしは思っている。宇宙一の料理人をめざしているのに、超能力に頼るなんて、卑怯だからだ。わたしがそう言うだろうと思って、ウイスは力を貸さずにいるのだろう。
 ということで、わたしは孤軍奮闘している。
 誰も助けてくれない世界の果てで、神さまの食べる料理をつくるために。

+++

「『食材を余らせてはいけない』ねえ。きみって変わってるね、なまえ
 手にとったニンジンをくるくる回しながら、ビルスさまはそうコメントした。
 ここは、わたしの調理場だ。ビルスさまはどうやら暇を持て余しているらしく、ちょくちょく遊びに来る。
 せっかくなので、きょうは彼に、食材に関する理念を聞いてもらうことにしたのだ。そうすることで、料理人として歩む道に光が差すことを期待しつつ。
「食材を星ごと破壊してきたビルスさまには、伝わりづらいかもしれませんね」
 そう言いつつ、彼から受け取ったニンジンの皮をするすると剥く。
「そうだね。ぼくにとって、節約すべき資源なんてものはないからね。たいていのものはウイスが持ってきてくれるし」
 ふと、ブルマのことを思い出す。彼女と初めて出会ったとき、その破天荒さにびっくりしたものだった。
 しかし破壊神の価値観は、ブルマなど比較にならないほどにぶっ飛んでいる。
 そもそも地球の者でないのだから、地球人とくらべて奇抜なのは当然なのだけれど。
 わたしは、むき終わったニンジンをボウルに入れて、ビルスさまに向き直った。
「節約のために食材を管理しているわけではないんです」
「え、どういうこと?」
 ふしぎがる彼の目をじっと見据えて、わたしは語る。
「厳密に言うと、料理人は、料理をつくるのが仕事なのではありません。料理をつくり、食べていただくのが仕事なのです。食べてもらえないのなら、調理しようが、捨てようが、同じことです」
「それで?」
 彼は、すでにつまらなさそうな顔になっていた。長い話をすると、いつもこうだ。はやく話を終わらせなくては、眠ってしまうかもしれない。わたしは焦りつつ、話しはじめた。
「食材がなければ、料理人はただの人です。お客がいなくても同じです。食材、お客、そして料理人。その三つの要素のうち、どれが欠けても幸せな食卓は実現しない。だから、すべて大事にしなければならない。わたしが食材を余らせたくないのは、食材を尊く思っているからであって、食材を節約したいからではない。そう言いたかったのです」
「宗教に近い理由なんだねえ。ぼくもさんざん崇められてきたから、なんとなくわかるけど」
 崇められる側の神さまは、ものを崇める人間とは真逆の視点でつぶやいた。その新鮮さに、わたしは目を丸くした。
「ビルスさまってほんとうに神さまなんですね……」
「まったく。今までなんだと思ってたんだよ。破壊しちゃいたくなってきた」
 破壊、という単語を口に出されると、背筋が冷える。ビルスさまにとってはありふれた概念なのかもしれないが、わたしには縁のない言葉だ。
 破壊は、彼の仕事であり、アイデンティティだ。破壊と向き合わずして、彼と向き合うことはできない。しかしわたしは、地球において破壊神ビルスともっとも関わりの深い"サイヤ人"と呼ばれる者たちに会ったことはないし、これからも会いたくはない。おそらくは、彼らも破壊に縁の深い人たちなのだろう。わたしはあくまで料理人である。ビルスさまのことを気に入っているからといって、サイヤ人の戦闘にまで関わりたくはない。それよりも、ここで平穏に彼やウイスと暮らしたい……そう思ってしまうのは、甘いだろうか。
 平和を愛するわたしは慌てて、彼をなだめる。
「じょ、冗談ですよ。あまりにも親しみやすいものだから、つい神さまであることを忘れてしまうのです」
 そこで、彼は黙ってしまった。手を口に当てて、考え込んでいる様子だ。
「どうしたんですか、ビルスさま」
「きみは、食材を崇めていると言ったね」
「そこまでは言ってないですけど、尊いものだとは言いました」
 しんと静まりかえった調理場が、ぴりぴりとした緊張感で満ちた。
「じゃあ、ぼくのことは崇めてくれてないのかな」
 一瞬、何を言われたのかわからなくなって、わたしは黙った。
「……え?」
「だから、破壊神であるぼくのことは、食材ほどは崇めてないのかって訊いたんだよ!」
 紫色の頬を赤くして、彼はどうやら怒っているようだった。
 神さまの怒るポイントは、人間とは違っていてわかりづらい。
 わたしはあきれたように、にっこり笑った。
「さっき言ったじゃないですか。食材と、それを食べてくれるお客さま。わたしにとって尊いのはそのふたつだけだ、と。今のわたしはビルスさまの料理人なのですから、ビルスさまもとても尊いお方です」
「むう……神さまだからじゃなくて、お客さまだから尊いっていうのか……」
 解せなさそうに思案している彼に、わたしはこう言った。
「そこはほら、『お客さまは神さまです』というやつではないでしょうか」
「そういう言葉があるの?」
「地球には、そういう言い回しがあります」
 厳密に考えると意味が多少違うのだが、深く考えるのはやめておく。
 彼はそんな言葉は知らないだろうし、なんとなく伝わればいいだろう。
「ふーん。じゃあ、まあ、いいよ」
 頬をかく彼を眺めていて、ふと、わたしは思いつく。
「ビルスさま、もしかして、食材に嫉妬していたのですか」
 彼はわたしに背中を向けつつ、抗議の意を示す。
「ぼくが嫉妬なんてするわけないだろ。不遜な人間がいるから、あきれてしまっただけだ」
「ふふ、そうですね。ビルスさまですもんね」
 きょうも、ビルスさまと話すのはとても楽しい。
 夕方までに食材の下ごしらえをしなければならないのに、手が止まってしまっている。
 そのことに気づいたわたしがタマネギのみじん切りを開始しようとすると、彼は一目散に走って逃げていった。
 一瞬にして姿が見えなくなってしまった神さまは、どうやらタマネギのエキスが苦手らしい。泣いているところを見られたくないのだろう。
「こうしていると、ほんものの猫みたいで、癒されるな」
 本人がいなくなってしまったので、堂々とそうつぶやいてみる。猫扱いしているのを聞かれたら怒られそうだ。まあ、たぶん聞こえていないだろう。
 地球を恐怖に陥れた張本人とはとても思えない神さまは、きょうも愉快である。

 きょうの夕ごはんはカレーだ。ビルスさまのために、りんごをたっぷり入れた、甘い甘いカレー。きっと、彼の口にあうだろう。
 実際に調理をしていると、さきほどまでの悩みなど、どこか遠くへ飛んでいってしまうような気がする。
「全部食べきってもらえるように、がんばろう」
 決意の言葉を無意識に口に出しながら、わたしはコトコトと地道にカレーをつくる。
 それを食べてくれる神さまを、思い浮かべながら。



20160209


フリーザ襲来よりも前のお話。恋に落ちそうで落ちないふたり。
 
 
 戻る