正直の頭に神宿る


「わたしの知人に、ミスター・サタンという愉快な御仁がいるのですけれど、その方も、とても強い魔人を餌付けしてしまったと聞いています。どんなに恐ろしい存在であろうとも、おいしいものの前には無力となるのだと思います」
 トントンと包丁で具材を刻みながら、わたしは語る。今日のメニューは、お好み焼きだ。
「ゆえに、ある意味では、世界最強なのは超サイヤ人ゴッドではなく、神でもなく、料理人なのではないか。そうわたしは思っているのです」
 不遜かもしれないが、わたしは破壊神に対し、そんなふうに語りかけた。
 ふうん、とビルスさまは呑気そうに笑う。
「最強だなんて言われると癪だけど。誰だっておいしいものが食べたい、というのはたしかにそうだね」
「ですから、わたしはここへやってきたのです。おいしいものが大好きで、しかも、気に食わないことがあれば他人を殺してしまう。そんな方のもとで修業すれば、わたしは料理人として成長できるに違いないと思ったから」
「サイヤ人たちも大概な修業好きだけど、きみも修業が大好きなんだねえ」
 そういうのって理解できないなあ、とビルスさまはつぶやいて、大きくあくびをした。
 たしかにビルスさまは、修業とは縁遠そうである。修業などしなくても、十二分に強いのだから。
 かつては弱かったのかもしれないが、すくなくとも今は、修業することなどないだろう。
 そんなビルスさまは、幼いわたしに問う。
「命を賭してまで、自らを高める。その理由はなんだい? サイヤ人たちは強くならなければ地球を救えないかもしれないが、きみはそんなことはないだろ」
「理由などいりません。わたしは、料理人である以上、その誇りに恥じぬ生き方がしたいだけだ」
 わたしはきりりとした顔で格好つけてみた。ビルスさまは、あくびをするだけだった。格好つけた甲斐が、まったくない。いつものことだ。この破壊神に、他人の話をまじめに聞くなどという甲斐性はない。
「あー。そういう暑苦しいの、めんどうになっちゃうな。とりあえず、ごはん早くして」
「かしこまりました。あとは焼くだけですよ、お好み焼き」
 わたしは、練った生地を鉄板で焼きはじめた。
 しばらく、その様子を興味深そうに眺めていたビルスさまだったが、途中で飽きてしまい、ごろごろと寝転がりはじめた。
「調理場で寝転がらないでいただけますか、ビルスさま」
「寝転がりたいときに寝転がる。それが破壊神だよ」
 やれやれ、と嘆息しつつ、わたしはとても楽しい気分になっていた。
 この神さまとの会話は、とても楽しい。気負わずに済むからだろうか。
 サタンシティにおいて、わたしは料理人として名を馳せていた。あのころ、誰もが、そんなわたしに気を使っていたことを思い出す。
 あのミスター・サタンやブルマですらも、一歩引いた場所から、自分に接していた気がする。わたしにしてみれば、ただ若いというだけで、そんなふうに気を使われることが悲しかった。住人たちはみな、わたしの料理をほめてくれる。しかし、幼い少女が作った料理だからこそ、そのように評価されるのではないか。そんな疑念が頭から離れないのだ。純粋に、料理の腕のみで評価をしてくれる人と、向き合わねばならないと思った。だからこそ、この神さまのところへ来たのかもしれない。
「ビルスさまは正直な方ですね」
「なにそれ、イヤミ? 破壊しちゃおうかな」
「イヤミなんかじゃないですよ。純粋に、ほめているんです」
 純粋になにかをほめることは難しい。でも、この破壊神の前でなら、簡単にできてしまいそうな気がするから、ふしぎなものだ。
「きみは、複雑な人だな。孫悟空みたいに、単純に生きてみればいいんじゃないの? 同じ修業バカなんだしさ」
 ビルスさまのつぶやきを聞いて、わたしはにっこり笑う。こんなふうに素直に笑えるようになったのも、ここへ来てからだ。
「そうですね。わたし、単純になりたくて、ここへ来たのかもしれません」
「……やっぱり、ぼくのことバカにしてない?」
――バカになんて、してませんよ。わたし、ビルスさまにとても感謝しているんです。
 そんな言葉は言わずに飲み込んでおいた。
 お好み焼きの焼ける香ばしい香りが、わたしと神さまを包んでいた。そうなってしまうと、もうふたりのあいだに言葉は必要ない。
 だって、料理はわたし自身よりも、わたしの気持ちを体現しているのだから。
「ふかふかで、ほかほかで、とってもおいしいよ! なまえ!」
 弾んだ彼の声を聞いて、わたしは華麗に礼をした。
 とても正直で、ちょっぴり怖くて、でも優しい。わたしにとって最高のお客さま。
 きょうも、完食してくれて、ありがとう。


20160608  
 
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