いずれ消えゆくさだめでも


 その日、ビルスさまと、背の低いモヒカン頭の神さまが厨房にやってきた。
 彼らがなんらかの重要な儀式を終えたあとなのだということは知っていたのだが、わたしはなにも聞かされていなかった。
 モヒカン頭の神さま(この人が、界王神というらしい)は開口一番、全王さまによる『力の大会』についての説明をはじめた。なんでも省略しようとするビルスさまと違って、ひたすら丁寧な説明だ。丁寧すぎて眠くなるくらいだった。ビルスさまのように怖い話し方でもないし、あまりに対照的なふたりである。
 界王神が話を終えたあと、ビルスさまはあくびをひとつして、こう言った。

なまえ。お弁当を頼むよ。とびきりおいしいやつをね」
「えっと……よく話が飲み込めないのですが、その全王という方が……」
「全王"さま"だ。次に間違えたら、破壊するぞ」
 ビルスさまが本気で怖い声を出したので、身震いしてしまった。ここ最近のビルスさまは、秩序のない破壊には縁がなさそうだった。それゆえに、急に本気モードに入られると、びっくりしてしまう。
「全王さまという方が、大会を企画されて……負けた宇宙は、消滅するんですよね?」
「そうだ。これはもう、どうがんばっても揺らがないだろうね」
「そんな大会で、わたしはみなさんのお弁当をつくるんですか?」
「そうだ。これも、ぼくの命令だから。揺らがないと思ってくれていいよ」
 負けた宇宙の消滅というのが、いったいいつに実行されるのか知らないが……もしかすると、わたしのつくったお弁当が最後の晩餐になるかもしれないということか。責任重大すぎて、現実味がない。
「あの……わたし、怖いんですけれど……」
「なにを言う。きみに怖いものなんかないだろう? このぼくの料理人なんだから。誇りを持って料理をつくってくれれば、それでいいんだ」
「えっと……お弁当は、何人分必要なんでしょう?」
「うちの宇宙のやつらのぶんだけでいい。ウイス、ぼく、孫悟空、あと、それから……」
 ビルスさまは淡々と出場者の名前を挙げた。けっこう多いような気がする。途中で、何人だったかわからなくなってしまった。界王神のほうに目配せすると、優しい声で人数を教えてくれた。すごく素直で、いい人そうだ。……あばれんぼうのビルスさまと違って。
「あ、あと……わたしとキビトのぶんもお願いしたいのですが」
「はい。大丈夫ですよ。しかし……」
 人数分の料理をつくること、それ自体は簡単だ。各人の食べられないものなども把握しておきたいところだが、たぶん、そこまで極端な好き嫌いをする人はいないだろう。問題はそんなことではない。宇宙の消滅という一大イベントが、目前に迫ってきているという重大な事実だ。
「……あの、その大会って、ほんとうに中止できないんですか?」
「できるわけないだろうが。できたら、とっくに中止にしてる」
 ビルスさまが怒気を撒き散らした。そのあと、全王さまの決定は絶対だ、と苦々しげに言った。まさか、ビルスさまよりも偉い神さまがいるなんて……思いもしなかった。
「なんというか……怖い話ですね……」
 トランクスの未来の問題については、解決した。あのときは、あくまでも未来を主戦場としていたし……こちらの世界にはあまり縁のない話だったといえよう。また、ゴールデンフリーザ襲来の際は、ビルスさまとウイスという強靭な味方がいた。あのときは、このふたりがいればなんとかなるだろう、と思っていた。危機感なんてほとんどなかった。だが、今回は……。
「ほかの宇宙からも、みなさんと同じくらい強い人が来るんですよね。ほかの宇宙のほうが、われわれよりもレベルが高いわけですから……相手の方が上手だと考えたほうがしっくりきます。それで、負けるともうおしまいだと」
「そういうことになる。それもこれも、こいつが人間のレベルを低いまま放置するから」
「あ! またわたしのせいにしましたね!? あなたは寝てばかりで、なにもしてないじゃないですか!」
 唐突に、喧嘩がはじまった。……どうやらこのふたり、そこそこ仲がいいようだ。ギャンギャンと大声で言い争っている。界王神のほうはちょっと遠慮気味なようだが、言うべきところはしっかり言っておこうという姿勢らしい。わたしはそんな界王神に、おそるおそる話しかけた。
「あの、界王神さま」
「なんでしょう?」
「わたしはまだ修行中の身ですが……わたしのお弁当で、ほんとうにいいのですか?」
 界王神は、驚いたような表情で答えた。
「わたしは、なまえさんのことは存じませんが……この宇宙の破壊神が、心から信頼している料理人だと聞きました。それならば、おまかせしても大丈夫だろうと思っています」
「ビルスさまが……?」
 あわててビルスさまのほうを見ると、照れたように頬をかいていた。
「ぼくは意外と人脈がないからね! なまえくらいしかまかせる相手がいないんだよ」
「ふふ……ありがとうございます、ビルスさま!」
「ぼくはぜんぜん褒めてなんかいないんだからな! そこんところ、間違えるなよ!」
 宇宙の消滅なんて、最後の晩餐なんて、おそろしくて、考えたくもないと思っていた。
 でも、ビルスさまのお願いなのだと思うと、心が楽になってきたのも事実だ。
 わたしは、ビルスさまのことをとても気に入っているのかもしれない。ビルスさまが言うことなら、ちゃんと実行してやろうという気持ちになれる。
「わたしには、料理をつくることしかできません。ほかにはなにもお手伝いできない。そんな自分が歯がゆいのですが……でも、精一杯がんばりますね」
「ええ。お願いします、なまえさん」
「ぼくからも、一応お願いしておくよ。なまえ 。いつもどおり、おいしいものをつくってくれればいいんだ!」
 目をそらしながら命令するビルスさまをまっすぐ見つめつつ、お弁当のメニューについて考えはじめた。お弁当のことを真剣に考えはじめると、世界の終わりや宇宙の消滅なんて、もう怖くはないような気がした。消えるのだとしても、ビルスさまと一緒なら、きっと大丈夫。そんな、根拠のない安心に包まれながら、わたしは新たなステージへと歩を進めた。



20170301
新章開始記念の勢いでガガッと書きました。力の大会編、楽しみです。
全覧試合での界王神&ビルスさまにすごくなごんだので、界王神にもキッチンに来てもらいました。
 
 
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