たいせつなお祝いをしよう

「あの『セキハン』ってやつ、つくってくれない?」
 その日、ビルスさまはそう言った。セキハン――このあいだ、ブルマの出産祝いの際、ビルスさまがたらふく食べた料理である。『赤飯』と書く。
 もち米のなかに小豆を混ぜ、赤い色に染まった状態で食べるものだ。だが、この説明は赤飯の本質をついていない。
 赤飯というのは、『祝い』の料理なのだ。もち米がどうとか、小豆がどうとか、そんなのは上っ面だけの特徴にすぎない。
 わたしは苦い顔で答える。
「……わたしはビルスさまの料理人です。命令ならば従いましょう。しかし……」
「なにか問題があるの?」
「赤飯というのはですね――」
 わたしは赤飯について、できるかぎりの解説をした。ビルスさまは腕を組んで唸る。
「ふうん……おめでたいことがあるときでないと、食べてはいけないというわけだね」
「『食べてはいけない』ということはないのですよ。赤飯が好きなお年寄りなどもいらっしゃいますし、普段から食べる方もいると思います。しかし、やはり『祝い』の席で食べるからこそ、いっそうおいしいのではないかと思うのです」
「ブルマの出産祝いだったからこそ、おいしかったってことかぁ」
 ビルスさまに『祝い』などという人間的な感覚が理解できるのかどうか不安だったのだが……案外、すんなりとわかってくれたようだ。
「つまり……おめでたいことがあるなら、きょう食べてもいいってこと?」
 これは予想外の提案だった。どう考えても、きょうは『なんでもない日』なのだ。力の大会という一大イベントが差し迫った状態ではあるが、わたしは厨房で料理の訓練をしているし、ビルスさまはわたしの隣でくつろいでいる。おめでたいことや特別なことなんて、どこにもないではないか。
「ちょうど、きみに言いたいことがあったんだよねえ」
 と言いながら、なにか思案するようにしっぽをゆらゆらさせた。どうやら真剣なことを考えているようだ。
「な、なんでしょうか。ビルスさま」
 ビルスさまは予測不可能な行動ばかりとる。それはいつものことだ。
 しかし、きょうのビルスさまのすることは、特に予想できない。
「『力の大会』が迫っている。ぼくたちは消え去るかもしれない。ぼくもきみも、死ぬ。そう思ったとき、きみに言わなきゃいけないことがあるって気づいたんだ」
「ビルスさま……?」
「このあいだ、きみは死ぬのが怖いと言ったね。今なら言えるよ、『ぼくも怖い』ってね」
「ビルスさまも、ご自分が死ぬのが怖いのですか……?」
「今言ってるのはその話じゃないんだ。ぼくが怖いのはね、なまえ――きみが死ぬことだよ」
 ビルスさまは真剣な顔のまま目を細めて、猫みたいにわたしを見ていた。
「ぼくはきみに死んでほしくないんだ、なまえ 。理由はうまく言えないけど、きみが死ぬのがとてもいやなんだよ。想像するだけで、それだけは許せないって気持ちになる」
 それは――
 それは、いったいどういうことだろうか。
 わたしは一介の料理人にすぎない。
 代わりなんていくらでもいる。
 サイヤ人の誇り高き魂、そして唯一無二の使命を背負った破壊神や界王神の魂とはくらべものにならない、ちっぽけな魂だと思っていた。
 そんなわたしに、ビルスさまは死んでほしくないという。
 生きていてほしいと。
 それは、どういう意味なんだろう?
なまえ。ぼくはきみの料理が好きだ。そして、料理に命をかけているようなひたむきな魂が好きだ。きみの料理だけでなく、きみという存在そのものが、なくてはならないものになっている」
 どう答えればいいのかわからなかった。
 だって、『力の大会』なんてなくても、わたしはいずれ死ぬ。
 おそらく彼よりも先に死ぬ。
 神と人――どう頑張っても避けられない運命。
「ビルスさま――わたしは……」
「きみはこう言うんだろうな。『わたしはどうせ先に死ぬ』って。そんなことはぼくもわかってる。わかっているからこそ、怖いんだよ。きみが寿命をまっとうする日が来るのが」
「……わたしだって」
 わたしは勇気を振り絞った。
 ずっと前から、言いたかったのに言えなかった言葉がある。
 抱きつづけていた疑問がある。
 わたしは、どうしてビルスさまのところにいつまでもいつづけるのか?
 めずらしい食材が手に入るから?
 修業にふさわしい相手だから?
 そんなのは上っ面だけの理由にすぎないのではないかと、ずっと思っていた。
 ベジータに「地球に帰れ」と言われたとき、無意識に涙が出るくらいに悲しかった。
 修業のためだけにここにいるのならば、そんな悲しい気持ちになるはずはないのだ。
 ベジータと会話したあのとき、神と人の――決して交わるはずのない者同士の距離を感じた。
 それでも、交わりたいと思った。
 そばにいたいと思った。
 ブルマは、わたしを評して「料理に恋している」と言った。彼女の言葉は正しい。わたしはずっと、料理を愛する気持ちしか知らなかった。
 でも、今はそれだけじゃない。
 だって、料理を食べてくれるビルスさまの笑顔のことも、いつのまにか大好きになっているから。

「わたし、ずっと前から、ビルスさまのことが好きなんです。でも、言えるはずがないじゃないですか。だって、ビルスさまは神さまなんです。わたしは人間。価値観も寿命も違う、交わらない生きものだから――」

 声が涙でみじめにかすれるのを感じた。でも、そのまま言いつづけた。

「ビルスさま――わたしは死にたくありません。ビルスさまが死ぬところも見たくはありません。無理なのはわかっていても、やっぱり一緒にいたいです」
「じゃあ、一緒にいようよ。きみが死ぬまでさ」

 あまりにもあっさりと、ビルスさまはわたしの悩みを切って捨てる。
 そう、彼は破壊神。
 人間の持つつまらない迷いも、その手で簡単に破壊できる。

「たしかにきみは先に死ぬかもしれない。でも、ぼくだって先に死なないとは限らない。神だって死ぬんだからね。その点は人間と一緒だ。片方が死ぬまで、一緒にいればいい」
 彼の声はビー玉みたいに透き通った音色で、わたしの心にじんわりと染み込んでいった。
「それに、交わらないなんて、悲しいことを言うもんじゃないよ、なまえ。ぼくたちはもう交わってるじゃないか。ここで一緒に暮らしてる。きみのつくった料理を食べる。それだけで、ぼくは幸せなんだよ」
「ビルスさま……ありがとうございます!」

 ビルスさまが近寄ってきて、わたしの手をぎゅっと握った。ずっと一緒にいたはずなのに、そんなふうに触れられるのははじめてで、すごくドキドキしてしまう。手のあたたかさは、人間と同じだった。神さまと人間との距離が、ゼロになる。涙が出そうになったけれど、今度は悲しみの涙ではない。ようやく気持ちが通じ合ったような気がして、嬉しかったのだ。

「お赤飯、食べたいんですよね。ビルスさま。急いで炊きますから、待っててくださいね!」
「ぼくも手伝うよ、なまえ。きょうだけは、特別だから」
「て、手伝ってくださるんですか!? うーん、なにをお願いしたらいいかな……」

 乱暴な神さまにもできる作業を考えつつ、わたしは厨房のなかを歩きはじめた。
 『力の大会』は目前に迫っている。わたしたちの寿命はあとすこしだけかもしれない。
 でも、今のわたしはとても幸せだ。
 ビルスさまの本音を引き出したのが、『力の大会』だったとしたら。そう思うと、わたしはこの危険な催しにちょっとだけ感謝をしてしまうかもしれない。そんなことを考えつつ、わたしはビルスさまとふたり、赤飯が炊けるのを待ちつづけた。


20170411  
 
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