きみの魂をくりかえす

 空条承太郎一行がエジプトに突入する少し前に、ひとりの少女が死んだことを知るものは少ない。
 彼女の名は、なまえ。エジプト九栄神のひとり、ダニエル・J・ダービーの部下を務めていた。

 その日、ダービーに『魂』を奪われたバクチ打ちのとなりにいた男が、逆上してダービーを銃で撃とうとさえしなければ、彼女は死なずに済んだだろう。彼女は敬愛するダービーを守るため、銃口の前に飛びだし、死んだ。ダービーのバクチによる殺戮の巻き添えを食ったような形であった。

 少女はダービーに忠誠を誓っていた。だから、どんな死に方をしようとも、彼に恨みごとを言ったりはしまい。
 しかし、他人の『魂』を食い物にする悪魔のようなダービーにも、けなげな部下の死を悼む『心』はある。その部下が、まだ恋をしたこともないような、幼い少女であったというせいもあり……彼のなかには大きな後悔が残った。
 再会できるものならば、なまえには詫びねばなるまい。
 ダービーは、たしかにそう思っていた。

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 少女の死後、空条承太郎と戦い、ダービーは再起不能となった。単なる再起不能ではない――恐怖と屈辱を全身に塗りたくられたような、みじめな敗北だった。本来ならば、そこでなにもかもが終わっていた。
 しかし、『あのお方』のスタンド能力により、奇跡的にダービーは空条承太郎との再戦の機会を得た。奇跡などというもの言いはダービーのもっとも嫌うものではあるのだが、再戦できるのなら、またとない機会だ。
 さらに、それ以外にもうひとつ得たものがある。

「だ、ダービーさま。お怪我はありませんか!?」

 射殺されたはずの少女は、視界にダービーをとらえるなり、開口一番にそう問いかけた。自分自身の命の心配など微塵もしていない。そんな少女の様子を見て、ダービーはとても安心した。いつもどおりの彼女だ。

「怪我などない。なまえが守ってくれたからな」
「わたしが……守った?」
「そう。きみは、わたしの代わりに撃たれた。そして死んだのだ」

 少女は目をぱちくりさせる。意味がわからない、という顔だ。
 やがて、少女はクスクスと心底おかしそうに笑いだした。

「ダービーさまでも、冗談を言うのですね? 死んだのなら、ここにいるはずがないではありませんか」
「このわたしを冗談の言えないつまらない男みたいに言うんじゃあないよ、まったく」

 ……この状況を説明するのは面倒だな、とダービーは思った。
 説明したところで、この幼い少女に理解できるのかどうか。彼女の時間は、あの死の瞬間に止まっている。その時間を再び動かしたのは、『ザ・ワールド・オーバーヘブン』という異形のスタンドだ……なんて、言ったところで伝わるとは思えない。

「……きみの運命は『上書き』された。それで、蘇ったのだ」
「うわがき……?」

 軽く、『上書き』の説明をした。ダービーもまだ受け容れきれていない事実なので、詳しい説明はできない。そもそも、『あのお方』はなぜ、この少女の運命を上書きしたのだろう。スタンド使いでもなんでもない少女を復活させたところで、役には立ちそうにないが……彼女を死に追いやったダービーへのあてつけだろうか。それとも、ささやかなプレゼントでもしたつもりなのか。『あのお方』の本心は、ダービーにはまったくわからなかった。
 説明をし終わってから、相手の反応を待たず、ダービーはまくしたてた。

「これから、わたしは日本の杜王町という場所へ行こうと思う。再戦したい相手がいるのだ。だが、今のわたしには仲間がいない。きみが一緒に来てくれると、非常に助かるのだがね」

 ダービーは一度少女を殺したようなものだ。年端もいかぬ少女に、重いものを負わせてしまった。本来ならば、このような依頼ができる立場ではない。しかし、仲間がいないというのも事実。承太郎と対戦したときのように、周囲を仲間で囲うのは、ダービーにとってイカサマ賭博の初歩。今回、それができないのはいささか心細い。むろん、仲間などいなくとも、勝つ自信はあるが。

「お供いたします。わたしの運命は、いつだってダービーさまとともにありますから」

 少女は嬉しそうに微笑んだ。
 やはり、断るという選択肢は彼女の中にはなかった――ちくり、と罪悪感が彼の胸を刺す。

 重い錠前でもはめられたみたいに、心が拘束されるのを感じた。
 もはや、自分はこの少女の奴隷のようなものなのかもしれない。そうダービーは思う。
 少女は自分のことをダービーの奴隷だと思っているかもしれないが――とんでもない。逆なのだ。

 彼女はダービーのためだけに命を捨てた。その覚悟に、惚れずにいられるはずがない。自己犠牲の精神に、恐怖せずにいられるはずがない。承太郎への恐怖を乗り越えた今だからこそ、少女への恐怖の異質さがよくわかる。彼女は死ぬことによって、ダービーのなかに一生消えない形で刻まれた。運命が塗りかえられても、その特別な感情だけは塗りかわらない。ダービーは、死んだ少女に恋すらしてしまっているかもしれない。そして、その恋愛感情よりも大きな恐怖が、目の前に立ちはだかっている。
 自分のなかに、『罪悪感』や『恐怖』という人間らしい心が残っていたことが、ダービーは新鮮でたまらなかった。
 苦悩しつつ、彼女の小さな手をとる。
 今度は離さない。今度こそは、守ってみせる。そんな前向きな思考が急に浮かんで、そんな自分に呆れる。彼は自嘲気味に問うてみる。

(罪滅ぼしでもするつもりか、ダニエル・J・ダービー。一度死んだ者が蘇ったからといって、彼女が死んだ事実が消えてなくなるわけではないのに……)

 少女はダービーの心など知らないまま、無邪気にも、次のギャンブルへの闘志をみなぎらせていた。

「わたし、ダービーさまのあたたかい手が大好きです。もう一度この手に触れることができて、たまらなく嬉しい。杜王町でのギャンブル、絶対に勝たせてみせますから……ディーラーはわたしにおまかせください」

 少女の無垢な笑顔を、ダービーは素直に愛おしく思った。
 罪悪感の重みと、少女への愛おしさを抱えつつ、ダービーは空条承太郎の待つ杜王町へと向かう。

なまえ。もし、またきみが死ぬようなことがあったなら、今度はわたしも一緒に逝こう。それがこのわたしなりの『罪滅ぼし』というやつだ……」

 ダービーが小さくつぶやいた言葉は、少女のもとには届かないまま、空中に溶けて消えた。
20170428