生徒様は神様

「お客様は神様っていう言葉があるが、あれは嘘らしい」
今日も変わらず、死んだような三白眼でこちらを見据えて、速見先生が言った。
「ファーストフード店の椅子ってちょっと座りにくいようにできてるだろ。客が長居したら席が空かなくて次の客が入りにくいから、わざと座り心地を悪くしてあるんだとよ。要するに、早く出ていけと言いたいわけだ。京都でぶぶ漬けを出されてるのと変わらん」
無駄に凛々しい表情を作りながら、彼は力説する。
「それを踏まえて考えると、『スマイル0円』というハートフルなフレーズすらいやらしく思えてくる。何がスマイルだ。全部嘲笑なんだろ!? 一人でハンバーガー食いに来る俺のことをバカにしてるんだろ!? リア充の憩い場、爆発しろ!!」
「で、先生はどうして今、マクドナルドにいるんです?」
わたしがそう尋ねると、彼は心底嫌そうにジュースをテーブルに置いた。
「腹が減ったからだ」
「今日は、奈月先生のおうちに寄生しないんですか?」
「あの家にいると勝手に食べるものが運ばれてくるんだよ。なんというミラクル!」
「その食べ物、たぶん速見先生の分じゃないです」
「イケメン太郎は帰省中だ」
「そんな、親切な人のことを寄生虫扱いしちゃだめですよ。寄生虫という名が誰よりもふさわしいのは、速見先生、あなたです」
「寄生虫じゃねえ、帰省中だ。おまえこそ、人のことをナチュラルにキメ顔で虫呼ばわりすんな」
「先生、食事中に虫とか言わないでください」
「そっちが先に言ったんだろ」
図星だったので、わたしは沈黙し、オレンジジュースを飲んだ。
ハンバーガーと一緒に飲むオレンジジュースはおいしい。
「ところで、おまえはなんで俺相手だとよくしゃべるんだ」
速見先生は、ハンバーガーにかぶりつきつつ訊いた。
「人見知りするタイプだからです」
「そんなゆるふわアピールで上っ面だけの答えは求めていない」
「別にゆるふわアピールしてないですけど……」
「うるせえ、俺がゆるふわっつったらゆるふわだ。『わたし、人見知りするタイプなんで』とか言い訳しておきながら、実際はずうずうしいことばかり言う奴らはリア充予備軍だ」
うーん、とわたしは唸る。先生のゆるふわへの憎しみは根が深そうだ。触らない方がよさそう。
わたしは軽やかに、会話の方向を元に戻した。
「クラスのみんなには秘密にしてくれますか?」
「『実は先生のことが好きで……わたしと淫行してください!』はやめてくれよ。キャラがかぶるからな」
「キャラがかぶらなければ淫行するんですか……?」
「するわけないだろ。次の日からネットに晒されてツイッターで叩かれるだけだ。そんな愚かな行為はしようとは思わん」
憮然とした顔で、彼はハンバーガーを食べ切った。わたしは思い切って、真実を告げた。
「わたし、女の子が怖いのです。女性恐怖症です」
「なぜ女子校に来た」
「のっぴきならぬ事情がありまして」
「のっぴきか」
「のっぴきです」
言葉の響きが面白いから問い返してみただけらしい。
「そうか。まあ何かあったら俺に言え。おまえのノリの良さなら、たぶんあのクラスにはなじめると思う」
彼は少し首を傾げて笑う。
「つーかそもそも、あいつらはあんまり女性って感じじゃないしな。女性にカウントしていいものか。あれが女性だと定義すると、世の女性に失礼じゃないか」
彼はそう言って笑った。その笑顔は妙にちゃんとした教師に見えて――ちょっとどきっとした。
お茶らけているし、不真面目だし、面倒くさがりだけど、教師としての役目を放棄しているわけじゃないんだよな、この人。
そんなところが、牧島さんなんかにはたまらないのかもしれない。
「おい、何をぼーっとしてる」
わたしは、先生の方を見て、意味ありげに笑ってごまかす。
「なんでもないです」
「……まあいい。俺だってリア充恐怖症みたいなもんだし、できる限りのサポートはしてやるよ」
めんどくせえけどな、と付け加えて、彼は立ちあがった。いつのまにか、全部食べ終わってしまったらしい。わたしはまだ、ポテトとジュースを残していた。
「じゃーな。また学校で」
本気で面倒くさくなってしまったらしく、そのまま、あいさつもせずに出ていってしまった。一人残されたわたしは、ポテトを咀嚼しながら思う。もしも、わたしがポテトとジュースを食べ切っていたら、先生と一緒に帰れただろうか。送ってもらえたりしただろうか。彼はそういう殊勝な行いからは遠い人間に思えるが、教師として極端に外道な振る舞いもしないような気がする。どうにも読みづらい先生だ。
「はー。ポテト、冷えてるなあ」
それだけ、先生と話していた時間が長かったということだ。わたしは女性恐怖症である前に、人と話すのが苦手だ。これだけ長い間、彼と話せたという事実がなかなかに奇跡的で、おかしくて――ポテトをジュースで流しこみながら、少し笑ってしまった。


110203


リア充disしながらも生徒にはやさしい先生が好きです。