団が、Qクラスに割れたメダルの破片を配ると言ったときに、決めたことがあった。
 Qクラスからの離別である。
 割れたメダルの破片は、五枚だった。六枚ではない……わたしのぶんは、なかったのだ。当然である。わたしはQクラスであってQクラスでない。いうなれば、授業参観に来ている親や、他のクラスの授業を覗きに来る悪ガキのようなポジションだったのだから。
 あのメダルを見て、ここにいるべき時間はもう終わったのだと思った。団守彦という偉大なる探偵が、犯罪遺児であるわたしに与えてくれた慈悲から、そろそろ卒業しなければならない。
 ここへ来てからずっと、わたしはQクラスの聴講生とでもいうべき、中途半端な立場だった。
 最初から団は、わたしを一年間だけQクラスで過ごさせると言っていたっけ。
 特殊枠……という言葉が意味していたとおり、わたしはQクラスにおいて異端であった。団守彦の後継者なんて、とんでもない。ただの傍観者にすぎなかった。不遜なことを言わせてもらうなら、科学者とは往々にして、傍観者であるのかもしれないのだが。
 Qクラスのメンバーは、新しい道を歩き出した。
 わたしも、もはや潮時――次の道を探さねばならない。

決別の日



「鬼首独郎先生。きょうから、よろしくお願いいたします」
 慣れないスーツを着て、かしこまった調子で礼をする。
「その名前で呼ばないでって言ってるでしょ? みょうじちゃん」
 鬼首はまったく変わらない調子で、椅子に座ってドクロ標本を愛でていた。
 きょう……わたしは、Qクラスを卒業し、科学班の所属となった。所属といっても、本格的に仕事を担当させてもらえるわけではない。見習いといったところだ。今までも彼の弟子だったのだし、立場はあまり変わらないのかもしれない。
 ただ、Qクラスのメンバーとともに冒険をすることは、たぶん、もうないのだろう。それが非常に寂しい。
「まあ、気張らずに頼むよ。指導はビシバシしていくつもりだけど、『人生楽しく』が科学班のモットーってことで」
 彼は、「ねー、エリザベス」と言いながら傍らのドクロに話しかけている。時が経過しても、変わらない人だ。そこが長所ではあるのだが、ここまで何も変わらないと、それはそれで心配になる。
 わたしは変わるためにここに来たのだと思う。父が死んで、心が死んだ。その死んだ心を活かそうとしてくれたのが彼だった。わたしはちゃんと変われただろうか……団守彦が見守ってくれなくなった今、それだけが心配だった。
「ドクター。わたし、変われたでしょうか」
「んー? あんまり変わってないんじゃない?」
 当然のように言い切り、彼は明朗に笑った。春の陽気にふさわしい、ニコニコ顔。
「君は最初からずっと科学が大好きで、ずっとワタシの弟子だ。ほら、変わってないだろう?」
「……そうですね。変わらず、ドクターのことが好きです」
 おどけて、そう言ってみた。彼はそれにはなにも答えない。答えないことが彼なりの優しさなのだと、わたしはちゃんと知っている。
 彼はわたしに向けてこう言った。
「そう。なにも変わりやしないさ。団先生が亡くなったこと以外はね……」
 団守彦がいない。わたしにとって、非常に大きな存在だった、第二の父のような人がいない。あいた穴が大きすぎて、逆に実感がなかった。眠るような最期だったという。
「わたしが生きているのも、この学園に入れたのも、ドクターに会えたのも、団先生のおかげでしたから……団先生がいないのに、わたしがここにいる今が、とても不思議に思えるんです」
「最近の君は、ここへ来たばかりのころとは違って、イキイキしていたからね。先生も、もう見守っていなくてもいいと思われたのかもしれないよ。天才くんも、なんだかスッキリしたみたいだし」
 不思議なことだが、団が死んだというのに、学園のなかは希望に満ち溢れていた。深い深い霧が晴れたような、さわやかな空気が満ちている。そんな学園にできたからこそ、団は逝ってしまったのかもしれない。最後の心残りを、片付けられたから。
 Qクラスの彼らに未来を任せることを、決意できたから……。
 鬼首はため息と一緒に、そっと言葉を吐き出した。
「死ぬ前に、心残りを片付けるというのは、どういう気持ちだろうね。ワタシには一生わかりそうにない」
 同感だった。というのも、科学には終わりがない。次から次へと新たな謎がわきだしてくる。探偵とはまた違った意味で、われわれは戦いつづけなければならない。
 科学とともにあるということは、永遠につづく、終わりのない戦いである。
「さて、ワタシは君に確認しなくちゃいけないことがある」
と、目の前の彼は言った。まっすぐにわたしのほうを見ていた。
 純粋でひたむきな目。彼のその目が好きだった。出会ったときからずっと。
「ワタシはまだ死にたくはない。しかし、『冥王星』の残党と戦いつづけるということは、死を覚悟するということだ。君はそれを承知で、ワタシについてきてくれるかね? 逃げ出すならば今だよ。誰も君を引き止めはしない。科学班は、推理こそしないが、DDCの原動力となる大事な機関だ。命を狙われないという保証はない」
「そんなこと、聞くまでもなく、わかっているでしょう? ドクター・ドクロ」
 わたしは、唇の端をつりあげて笑う。彼に似た笑い方になっていると、自分でも気づいていた。
「よろしい。それでこそワタシの弟子だよ」

 さて、わたしたちはどこへ歩いていくのだろうか。それはまだわからない。ただ、ひとつだけわかっていることは、わたしはこのマッドな彼に、いつまでだってついていくだろうということである。
 団守彦という名探偵が切り開いた道の先に、新たな道を切り開くことを、わたしたちは決めた。Qクラスの若き探偵たちは、いつまでだって犯罪者を追いつづけるだろう。そして彼らが犯罪者を追いつづけるかぎり、推理をつづけるかぎり、わたしと鬼首は科学と向きあいつづけるに違いない。新たなDDSグッズの発明に尽力することを決めたその日、彼は一言だけ、ぽつりと本音をつぶやいた。

みょうじちゃん。ワタシは君のことをとても信用している。いまだかつて、ここまで人を信じたことなんてないかもしれないくらいに。これからも変わらず、君を信じさせてほしい」

 わたしは黙って頷いて、彼とふたりで、夕闇のなかを歩いていった。闇に満ちた空の向こうには、冥王を司る暗黒の星があるのかも知れなかったが、今はそんなものは見えず、ただただ薄く月明かりが見え隠れしているだけだった。
20170428