『わたし』は、『あなた』が好き。『あなた』は、『わたし』が、好きじゃない。

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哀しい映写機と、独りぼっちの彼と。

「わたしはあなたを愛しているけど、あなたはわたしのこと、好き?」
「好きだよ」
わたしの唐突な問いかけに、彼は口を裂くように、嬉しそうに答えた。

「――俺は、『妙子』なら、誰だって、好きだ」

「……ありがと」
いくつもの矛盾を内包した彼のセリフを聞いて、わたしは目を閉じた。
彼が大好きなのはいつだって、『妙子』。
『わたし』じゃない。
どれだけ愛し合っているように見えても、その愛は一方通行。
通い合うことのない、二重の片思い。
わたしが『妙子』でないことを知ったら、この人はどうするだろう。
すべてなかったことにして、わたしを殺すだろうか。
それとも、黙って離れていってしまうだろうか。
そのとき、彼は悲しいと思うだろうか、絶望するだろうか――
彼は、今、どの程度の正常な精神を持っているのだろう。どこまで、異常者なのだろう。
もし、彼が少しでも悲しみというものを覚える余地をもっているのなら、わたしはやはり、『妙子』であらなければならない。
虚像を映す機械になって、『妙子』というフィルムを流しださなくては――彼のために。
そしてきっとそれは、わたし自身を守るためでもあるのだろう。

『わたしは、妙子。』

そう言い聞かすことによって、本当の妙子に近付ければいいと思う。わたしは願ってしまっているのだ。
『妙子』と彼が、せめてこの束の間を幸せに生きてくれることを。
そこに『わたし』が存在しないとしても、わたしは映写機でありつづける。
彼のため、という建前を平然と掲げながら、本当はただ、自分のために。

「わたしは、あなたのためにここにいる」
「ぼくも、妙子のためにここにいるよ」
「ありがと」

そんな短いやり取りの中に、わたしは生きがいを感じてしまう。
どうしようもなくマイナスに向かう、悲しい生きがいを。



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