「 眠れない夜は、現実の方を夢に変えればいい。 」

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ねられないよるに

「明日、起きられないと困るんじゃないのか?」
ベッドの上で目を開けたままのわたしに、彼がそう問いかけてきた。ホテルにはわたし一人でチェックインしていることになっているので、彼は床に毛布をひいて寝ている。
「うーん、でもなんか、どうしても寝れなくって」
「ぼくは関係ないからいいけどね」
わたしはこれでも一応、学生だ。授業には出なくてはならない。彼は、学校を卒業してそのままフリーターになり、現在の職業は無職、あるいは指名手配犯。確かに、起きられなくても支障はない職業だろう。
「冷たいなー。よく寝られるように、おまじないかけてよー」
「そんな非論理的なものに頼っても仕方ない」
「意地悪。おまじないだって、たまにはきくのよ」
わたしがそう言うと、彼は意外そうに目を細めた。
「たとえば、どんなのがきくんだい?」
「好きな人の髪の毛を、こっそり抜いてね……」
彼はその答えを聞いて、眉をひそめた。
「黒魔術みたいで怖いよ、それ」
「そういう怖さがいいの。ききそうな気がするでしょ?」
「髪を抜かれた方がかわいそうだ」
「じゃあ、忠志くんはかわいそうな人なんだね」
わたしの言葉の意味がわからなかったらしく、彼は首をかしげた。
しばらくして、ようやくその意味を理解した彼は、右手を無自覚に頭に当てて、驚く。
「ちょっと待て……ぼくの髪の毛、抜いたのか……?」
「うん、だって好きだから」
「……っ!」
何か文句を言おうとしていた彼が、驚いた顔のままフリーズして動かなくなった。頬がかすかに赤い。
「『好きだ』って言えば何でも許されると思ってるだろ……」
「忠志くんは、許してくれないの?」
「とりあえず今は許す。でも、ぼくが将来ハゲたら君の責任だ」
わたしはこらえきれずに噴きだした。
「大丈夫だよ、わたしはハゲた忠志くんでも好きだし」
「ぼくのプライドが大丈夫じゃないんだよ。ただでさえ前歯がないのに」
「前歯は関係なくない?」
「関係あるんだよ、ぼく的には」
「忠志くんの論理はよくわからないよね」
「君の論理も、ぼくにとってはかなり不可解だよ」
「お互いさまってこと?」
「まあ、そうなるかな」
彼はそう言って、呆れたように笑った。わたしは彼に笑い返して、ベッドの上でころんと向きを変えた。まだ寝られそうにないけれど、まあ、明日はサボってもいいかな、なんて思いながら。



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