さて、なぜこんなことになっているのか。それを考えようと努めてみるのだが、下半身に無理やり干渉してくる気持ちの悪い振動のせいでそれどころではなくなる。口を開けると声が出てしまいそうになるし、声を出せば目の前にいるこの女の思うつぼなので、絶対に口を開けることはしないでおこうと誓った。手首には手錠がかけられ、その手錠はベッドにつながっている。どれだけ揺らしても引っ張っても手首が痛むだけで外れない。 非常にアブノーマルなプレイだった。手首には手錠、上半身は着衣のままで、ズボンと下着を剥がれた下半身は彼女と彼女の手にする気味の悪いバイブの玩具にされている。もう数時間が経過しているのに、この教育委員会に通報されそうなプレイは終わりを見せない。彼女はきっと、甲斐が喘ぎながら喜ぶのを期待していて、実際にそうなるまで待ちつづけるつもりなのだろう。まったく、気の長いことだ。足を使えば彼女をベッドから蹴り落とすことくらいはできそうだが、小学生にそんな暴力を振るう勇気は彼にはなかった。というか、そういうことをすると今度は痺れ薬とかもっといかがわしい薬とか、そういうものを使って対抗策を講じてくる可能性がある。それはちょっと勘弁してほしい。ちょっと喜ぶそぶりを見せれば今夜限りでこういうことをしてくれなくなるのかもしれないが、そんな演技をする勇気もなく、ずるずると状況に流されて今に至る。 「なんていうか……甲斐も強情よねー。やっ!とからめえっ!とか言ってもいいのよ?」 そんなエロ漫画みたいな喘ぎ声なんて死んでも出したくない。 と答えたかった。だが、口を開いたら負けだ。甲斐は口を固く結んだまま、ただ首を横に振ることで答える。 「しっかし、勃たないもんだなあ。ちょっと固くなったと思ったらすぐ萎えちゃうしぃ。やっぱり実戦は予行練習通りにはいかないなあ」 りろりは甲斐の局部をいじりながらため息をついている。甲斐は涼しい顔をしているふりをしつつ、実はけっこういっぱいいっぱいで、必死に自身が萎えるようなことを考えつづけているのだが……彼女はそれに気づかない。ぶっちゃけた話、大型のバイブは気味の悪い振動を続けているだけで異物感こそあれ快感には程遠い。むしろ天敵なのは手や口で必死に甲斐に射精を促そうとするりろり自身の方だった。「口でするのには自信がある」と明言するだけのことはあり、彼女のフェラチオはかなり上手い。小学生とは思えない、というか思いたくない。信じたくない。けれど現実だった。 ひどい背徳感が彼を蝕みつつあった。りろりが服を脱がずにいてくれるのは唯一の救いかもしれない。だが、服を脱ぐ脱がないなんて些細な問題で、誰が見たってこれはアウトだろう。法的にも倫理的にも、絶対にアウト。越えてはいけない一線を越えてしまった。寝ている間に手錠をかけられた甲斐に罪はないはずだが、世間はそうは受け取らない。小学生との不純異性交遊、しかも超アブノーマルプレイ。これが誰かに知れたら甲斐はおしまいだ。そして、これが誰にも知れない可能性は限りなく低い、ということを甲斐は自覚していた。根拠は単純で、りろりが持ってきた手錠とバイブだ。あれは小学生の女の子が単独で入手できるものでは絶対にない。入手元には「大人」が関わっているに違いなく、そしてその「大人」はりろりにこれらのものを渡したのだから、当然それをりろりが「使用する」可能性があることも知っている。つまり、このいかがわしいプレイの存在は、内密のままでは済ませられない。そのはずなのだ。あとで、全部終わったらりろりに問い詰めなければならないだろう。しかるべき手順を踏んで、しかるべき手法で、甲斐とその「大人」は罪を問われるだろう。 ああ、嫌だな、俺何もしてないのに――と甲斐は思うが、りろりをきちんと監督できなかった自身にも責任はあるのかもしれない、とも考えていた。緩急をつけて襲ってくる衝動とは別の部分で、彼はひどく冷静に思考している。りろりを一人で置いておいてはいけない。彼女は不安定で、大人びすぎていて、甲斐がそばにいてやらないと何をするかわからない。甲斐がいることで彼女が安定するのなら、他の誰かに危害を加えないのなら、それでいいと甲斐は思うのだ。 「りろりは、甲斐が好きだよ」 何度も彼女が繰り返す言葉、それはその年頃の女子に特有の、大人の男性に向けた憧憬的な感情であり、本当に甲斐のことが好きなのではない。彼女にそう告げることを、あえて甲斐は避けていた。そう告げたら、彼女はふらりと家からいなくなってしまいそうな気がする。また同じように誰かの家に泊まって、また同じようにその誰かに性的な干渉を求めるかもしれない。そのとき、甲斐でない誰かはりろりを壊してしまうかもしれない。それだけは嫌だ。嫌なのだ。だから甲斐が見ていてやらなければならないし、自分はそうしたいと思っている。たとえ、その結果としてこういう歪んだ時間が生まれるとしても。 「……ああ」 甲斐は初めて、唇の筋肉をゆるめた。案外たやすく声を出すことができ、格好の悪い喘ぎ声は出なかった。そんなもんか。 「りろりのことが大切なんだよ。ぼく」 その言葉は、あえて言わずにいたけれど本当に本当の気持ちで、本当に本当の真実だった。 「……甲斐、それはほんとう?」 と彼女は問いかけ、甲斐はゆっくりと首を彼女の方へ向ける。長い間変に力を入れていたせいで、首の骨がぐきりと鳴った。 「ほんとうだよ」 「むりやり、こんなことしても……甲斐はわたしを許してくれるの?」 どうやら彼女も馬鹿ではないようだ。りろりは大人びている。だから、悪いことと悪くない事の間に引かれた境界線を、ちゃんと見ている。今日のこれは「悪いこと」だと認識している。その認識と罪悪感がある限り、彼女はまっすぐに育って行けるはずだ。 「許さない。これはこれ、それはそれだ。でも、」 甲斐はまっすぐにりろりを見て、 「どんなりろりでも、ぼくが守る。そう決めたから」 そう言った。 「どんなわたしでも?」 「そう、どんなりろりでも」 まるで用意された台本を読み上げるように、甲斐と彼女は言葉を交わし、笑い合う。悪夢のような状況の中、それでもこの少女へ向ける自分の感情は悪化しないのだと甲斐は思考する。美しい願望も理想もない。この先は地獄かもしれない。明日には犯罪者になるかもしれない。 それでも、彼はこの少女を守っていかないといけない。 守ると約束したからではなく、守ると決めたから。 踏み出してみなければ見えないものがある。甲斐は、自分でも知らないうちにラインを踏み越えて、新しい世界に踏み込んだ。ここはそういう世界だ。 彼女に手を伸ばしたいと思う。その小さな頭を撫でてやりたいと、ただそれだけを考える。もちろん手錠でくくられた手は彼女には絶対に届かないが、守りたいと願うことは犯罪だろうか。彼女の頭を撫でるのは、いけないことなのだろうか。もはやモラルの基準値すら、彼には認識できない。ただ、壊さずにおきたいとひたすらに願う。そうすることしかできない。まるで壊れたロボットみたいに、同じ命令を遂行しつづける。 「……そんなこと言われたの、生まれて初めて」 りろりの歌うようなセリフを合図に、彼の意識がゆっくりと沈んだ。 そう、彼女を壊したくないのは、自分がとっくに壊れているから。彼女に触れるのが怖いのは、壊れた自分が彼女を壊してしまいそうだから。意識が消える刹那、心に浮かんだ無意味な言葉遊びには、意味なんてない。そこに意味を見出すことは禁忌だ。その禁忌には触れたくない。絶対に触れない。理由は一つしかない。壊したくないからだ。 090429 プラトニックを期待していた方にはエロですいません。 抜けるエロを期待していた方にはエロくなくてすいません。 要するに誰得、という話ですがとりあえず俺得です。俺だけが得する小説だぜウェーイ!の略です。簡潔に言うと趣味です。 別にロリが書きたいわけでもエロが書きたいわけでもなく、ただこの二人を書きたいな!とイメージしていくとこうなってしまったので仕方ないのです。たぶん最終的にはハッピーエンドに落ち着くはずなんだけど、それまで熱意が持つかどうかは謎。 |