満月ラボへようこそ

 童話の冒頭に出てくるような、大きな月が天にのぼっていた。
 少年が俺を誘い出し、彼のlaboratoryへ連れて行くのは、いつだってそんな月の出ている夜だった。

 彼の名前は「N」という。イニシャルなのか、本当にそういう名前なのか、誰も知らない。
 まだ年端もいかない少年のような姿だが、口調などはとても大人びていて、頭がいい。
 黒縁のメガネと、植物のように濃い青緑色をした髪と、ふわふわした白衣。
 彼はマッドサイエンティストなのだという。
 幼い少年のいう戯言とも捉えられるが、彼の言動をずっと見ていると、どうも、本当になんらかの科学者であるらしい。
 近頃、俺の町で人々を惑わせている、巨大な犬の姿をした怪物は、彼が実験に失敗した際に生まれたものだとか、そうでないとか。
 まあ、そんな都市伝説のような模糊とした存在は、俺にとってはどうだっていい。

「ロンさん。今日も来てくださったんですね」

 Nの中性的な笑みが、俺を惑わせる。
 laboratoryは、少年が大好きな研究や実験の道具でいっぱいだった。
「この間、実験に失敗して、ぼくの友人がニワトリになってしまったんですよ」
 本当なのか嘘なのかわからないことを平然と語りながら、Nは俺を上目づかいに見た。
 ……いけない。このままでは、いつものように流されてしまう。

「ロンさん、何を期待してここへ来ましたか? それをぼくに教えて下さい」
「それは……」
そんなこと、言えるはずがない。
「言えるはずがない、と思っているんですか? 今更?」
「だって、そうだろう? 俺の町では、きみのような子どもとつながりを持ってしまうと、罰せられるんだ」

 俺たちの町には、人身売買を禁じる法はあれど、少年少女と性交することを禁じる法はない。
 なぜなら、彼ら彼女らは、売春しなければ生計が成り立たないほどに困窮しているからだ。むしろ、そんな子どもたちの体を買わないことのほうが、失礼に思われるくらいだ。大人がすべきことは、少年少女の売春に見てみぬふりをすることではないし、彼ら彼女らにただ無償のチップを渡すことでもないと、俺は思う。何もせずともお金がもらえるとわかったら、子どもたちはそれまでの自分の仕事に絶望するかもしれない。たとえ下世話な大人をターゲットにした売春であろうとも、それを生業にする子どもたち自体を貶めることは許されないだろう。
 俺は子どもを買うことはしないが……プライドを抱いて野垂れ死ぬよりも、何をしてでも生き延びてほしいと思う。それだけだった。

 ただ、最近は状況が違う。
 数年前、俺の町でまだ幼い少女たちの遺体が発見された。彼女たちは性的に蹂躙されたあとに殺されていたという。
 少女強姦殺害事件の起きた後は、法律に定められてこそいないが、少年少女とそういうつながりを持ったものは、ひっそりと町の掟に沿って私刑に遭うことになった。俺も何度か私刑を加える側に参加させられているが、法律にしたがってくだされた罰のほうがずっとマシだと思うほど、ひどいものだ。自分がそんなものを加えられる側になりたくはない。

 もっとも、Nは自分をこの町の人間だとは思っていないし、町の人間は彼のことを知らないだろう。彼の住んでいるlaboratoryは、町外れにひっそりと打ち立てられ、幽霊屋敷のようにたたずんでいるのだ。

「それならば、もうとっくに罰せられていておかしくないはずです」
 Nは平然と言った。「だって、あなたとぼくはすでに……」
「その話はやめてくれ」
 思い出すと、下半身がうずいてしまう。同時に、罪悪感と後悔が押し寄せてくる。
 どうして、俺はこの子と寝たりしたんだろう。
 その夜は、売春婦を買うこともできなくて、とても欲求不満だった。
 そこへ、この子がやってきて、laboratoryへ来てくれといった。
 Nとは顔見知りだったし、まさかこんな幼い子とそんなことになるとは思わなかった。
 そこから先は思い出したくない。主導権を握ったのはこの少年のほうで、自分は失態を晒した、と思う。

「強姦だったわけでもないのですから、気にしないほうが吉というものだと思います」
 少年は冷静だった。冷静であるがゆえに、怖かった。俺は冷静なんかではないからだ。
「バレたら、俺の人生はおしまいだ」
 それを聞いて、Nはすっと俺の隣へやってきて、俺を見上げながらこう告げた。
「そんなこと、心配しなくっても大丈夫。ぼくがどうにかしてあげます」
「どうにかって、いったい……」
問い詰めようとしたそのとき、Nのひやりとした手が、俺の股間へ伸びてきて、裏筋のあたりをそっと撫で上げた。
「あ……っ!」
「どうしました? ロンさん。もうこんなに硬くして」
 言ったNは手を止めずに、布の上から鈴口をなぶるようにくすぐった。声が抑えられない。そして、困ったことに、性欲も抑えることができていない。
「嫌がっていたはずなのに、もう、濡れてるんだ」
 Nはあくまでも冷えた口調で指摘した。その声音に、ぞくぞくする。
 じゅっと音がしそうなくらい、自分の下着が湿っていたのがわかった。
 ああ、もうだめだ、また俺は流されそうになっている。
「ロンさんの服、濡れちゃいましたね」
 淡々と指摘して、少年の小さな指が俺の下半身から衣服と下着を剥ぎとっていった。黒色の下着はもうすでに湿って色が変わっていて、俺は羞恥で狂いそうになる。こんな、一回り以上も年の違う男の子相手に、乱れている。なぜだ。
 ちゅっ、と、音を立てて少年は俺のものにくちづけた。理性では逃げ出したくなったが、すでに俺は彼のくちづけで身体が痺れそうに感じていた。性感の波に押し流される。
 突然、ペニスが何か狭い穴のようなものに押し付けられた感触で、体全体が震えた。Nが俺のものを小さな口でくわえて、さらに自分の喉に押し当てているのだ、と気づいて、俺は初めて抵抗した。
「やめろ、そんなの、いやだ……!」
じゅぼっ……と卑猥な音をたてて、彼は男根を口から抜いた。
「どうして? 気持ちいいでしょう?」
「きみがかわいそうだ」
かわいそうと言われて、彼はちょっとむっとしたようだった。
「ぼくはかわいそうなんかではない。ぼくがやりたいからやるだけだ」
「しかし……」
反論しようとしたのを無視して、彼はまたディープスロートでくわえこんだ。性器のようなきつい締まりに、俺は絶句してぶるぶると震えた。気持ちがいい。亀頭の少し下のあたりが、悦楽でとろけそうになっている。上目遣いに見上げる少年は、無理をしているのか、すこし涙目になっていて、それがまた俺の性感を煽る。

――ああ。とても愛らしい。
――俺はこの子のなかに出したい。

「ごめん、もう、我慢できない」

 俺は彼の喉の奥に入りすぎないように注意しながら、ペニスをすこしずつ前後に動かした。粘膜がこすれる感覚。夢のように、とろけそうに、脳がしびれて、何も考えられない。少年の舌が時折、俺の感じるところを軽くこする。それがまた、俺の腰を止められなくする。少年の両手は、口の中に収まりきっていない俺の性器の根元や睾丸を刺激していて、俺はいたるところから彼の熱を受け取り、絶頂へと辿り着く。無言の射精はひどくあっけないものに思えた。少年は俺の精子を残らず飲み込んでから、「薄い」とかなんとか、信じられないような文句を言った。

「気が済んだか?」
と俺は射精直後の情けない顔のままでいきがった。
「いいえ」
少年は冷静な顔で、先ほどの涙をぬぐって、言う。
「これからが、本番ですよ」
Nは白衣を脱いだ。ふわふわとした羽のような白衣は、あっさりと床に落ちた。そして胸元のリボンタイをするするとはずし、それも床へ。白いブラウスのようなシャツと、短めのエンジ色のズボンが露わになった。硬い生地でできたそのズボンの内側から、彼のまだ小さなペニスが、布地をむりやり押し上げるように高ぶっているのが、わかった。

 俺はもはや彼を止める気がすっかり失せていた。嫌な大人だと思う。しかし、俺は違法なことをしているのではない、強姦をしているわけでもない、ただ、求められた相手と、求められたことをするだけなのだ。そんな冷静な思考が、伝染するように、俺のなかに滑りこんできた。

「ロンさん、ぼくとしてくれますか?」

今更、そんなことを言うのは卑怯だと俺は思う。だから、返事をしなかった。でも、その声音にすこしだけ不安のようなものが感じ取れて、大人ぶってイラマチオなどしていた彼はやっぱり無理をしていたのだ、と俺は直感した。彼は、俺と遊びたいだけ。俺が好きなだけ。このlaboratoryを、ふたりの秘密の場所にしたいだけなのだ。

 俺は彼のシャツのボタンを、下からひとつずつはずしていった。白い腹が露出して、そこをなで上げられると彼は高い声であえいだ。エンジのズボンの下には、ブルーの下着があった。俺は耐え切れずにそれを剥ぎとって、彼の幼い性器に吸い付いた。それは俺の喉の奥までは届かなかったが、俺は必死に舌で包んで吸い上げた。あ、と彼は小さく鳴いて、その先の声をこらえるようにして、震えた。

「きもひ、いい?」
我ながら間抜けな問いかけだと思いつつ、俺はくわえたままで問うた。少年はぶるりと震えながら、「くわえたまま、しゃべらないで」と懇願した。彼は感じている。それも、絶頂のそばまで追い詰められている。俺は、彼が気持ちよくなるように、睾丸を、亀頭を、鈴口を、アナルを、必死に舐めた。彼が感じるとわかっているところを、すべて。

「んっ……! ロンさん、も、やめて」
足をガクガク震わせ、もうすぐ絶頂するかと思われたNは、ギリギリのところで俺を止めた。
「どうして?」
と俺は口を離して問うた。彼は、荒い呼吸を隠さずに、俺にこう告げた。
「もう、入れて、ほしいから」

 一瞬だけ、時が止まったような気がした。

 俺は迷わず、彼をlaboratoryの床に仰向けに押し倒す。そして、窄まりに自分の尖ったものを差し込もうとした。もうすでにじゅうぶんに慣らされているらしい、彼のそこへ。

「ぐ、あ……」

 うめいたのは少年ではなく俺の方だった。きつい。柔軟に俺のものをくわえ込んだそこは、うごめいて締めつけてくる。淫猥に、ぎりぎりと締め上げる。それでいて締めつけるだけではなく、柔らかに包み込む、あたたかさもある。すぐにでもイケる気がしたが、それではきっと少年は失望するだろう。
「イッちゃだめですよ、ロンさん」
俺の心のなかを読んだのか、彼は念を押した。
「善処するよ」
と俺は自信のない返事をして、すこし体勢を整える。
ゆっくりと、抽送を開始した。
壊さないように、そーっと……ガラス細工でも扱うように、イン。それだけでも、きつくて射精してしまいそうだった。
「あぁっ……!」
苦しそうだった少年のあえぎが、快感を帯びた艶っぽいものに変わる。
インよりは速めのアウト。そして、先ほどよりも勢いをつけてイン。アウト。イン。
だんだんと加減がわかってきて、自然と速度が早まる。
彼の尻を両手でしっかりと持ったまま、俺は無心にインとアウトを繰り返した。
入れるときよりも抜かれるときのほうが気持ちいいらしく、アウトの瞬間にNはあられもない声であえぐ。その声が聞きたくて、また入れて、出して。野生動物のようにひたすら、同じ動作を繰り返す。
「ぁ、ロンさ、イイ、イイですぅ……もっと……ッ!」
亀頭の先がぐんぐんと圧迫されて、それでも痛くはない。キュッキュッと適度な強さで締め上げられて、俺もNと同じように息を荒げながらあえいでしまった。
「あ、あ、ぁああ、あぁああ」

――今、俺は少年を犯している。
――いたいけな少年の尻穴にペニスを突っ込んで悦んでいる。

 一瞬だけ罪悪感がよぎりそうになったが、快楽の波にすべて押し流されて消えてしまった。ピンク色のドロドロしたものに包まれて、俺という個人がいなくなってしまったみたいだ。
 そのことから目をそらすように、力を入れて奥まで突っ込んだ。自分でも理解できないくらいのピンク色のドロドロが脳へ侵食する。急に力を込めて挿入したせいか、ぎゅっとなかが締まる。カーッと頭のなかが白くなり、いつのまにか射精しているのだと気がついた。
「いやあああぁあ!あ!ぁ……っ!」
 ひときわ高い声であえいだNの声を聞き、ペニスを抜いた。
 抜かれた瞬間、Nも勢いよく射精し、ぐったりと夢を見るような目で天井を見やった。俺も彼の横へと倒れ込む。
 ふたりとも射精したというのに、俺のなかのピンク色のドロドロはぜんぜん洗い流されず、いつまでも脳にこびりついていた。

+++

「じゃあ、さよなら、ロンさん」

 シャワーを浴びて着替えたNは、何事もなかったかのように俺を送り出した。
 変わらず大きな月を見上げてから、俺は彼に言う。

「なあ、N。俺はまたここに来てしまうかもしれないんだ」
「ええ。知っていますよ」
「ダメだと思ってるのに、なんで来ちゃうんだと思う?」
「……ロンさんは、狼だから」
「なに?」

 ぽそっとNが言った言葉の意味が、わからなかった。

「このあいだ、実験に失敗して、友人がニワトリになってしまったって言ったでしょう?」
「ああ、言ったが。それと俺と、何の関係が?」
「ロンさんは覚えていないかもしれませんね。何度か繰り返してわかったことなんですが、改造手術をすると、人間ってそのことを忘れちゃうみたいなんです。覚えておきたくないんでしょうね」
「は? 待ってくれ。意味がわからない」
「ぼくはオールマイティなサイエンティストですが、専門は、動物と人間をかけあわせてキメラをつくることなんです。キメラ実験の記念すべき最初の成功者が、あなただ」

 ぐにゃあ……と視界がゆがむ。
 俺が、キメラ?
 人間じゃない?
 手術のことは忘れている?
 なんだ、その夢物語は。
 嘘に決まっている。
 少年の戯言に惑わされるな。こいつは子どもだ。そんなたいそうな手術なんてできるわけがない。夢想家の、妄想だ。「記憶が消えている」と言えば、俺が騙されると思って、試しているに違いない。

 しかし……俺のなかにくすぶっている、見慣れないピンク色のドロドロ。その存在を思うと、彼の言うことが正しいのではないかと思えてきた。おさまることを知らないこの異常な性欲に説明をつけるのには、ぴったりの理屈だ。もし、彼の話がぜんぶ嘘なんだとしたら、俺は自分の意志で少年を犯していることになってしまうじゃないか。
 俺はきっと狼なんだ。
 狼と合成されたキメラだから……こんなにもNのことが愛しくて、犯したくて……。そう思いたい。自分のなかにこんな獰猛な獣が住んでいると、認めたくない。

「その証拠に、今夜も月がとても大きいでしょう? 愚かな狼さん」

 戸惑う俺を見て、Nはにっこりとほほえんだ。首のリボンタイがかすかに揺れる。
 俺のなかの狼が鳴く気配がして、また股間が熱くなるのを感じた。
 そうして体のなかにたまっていくピンク色のドロドロは、きっと、次の満月の夜、また決壊して溢れ出すのだ。
20180323