Puppet×Master
「御主人様
マリーはこの世界の身代わりでございます
私の不幸が、涙が、苦しみと死が、
世界中の人々に幸福をもたらすのでございます
そういうふうに考えた時
始めて人間の生命は意味を持ち、
きらきらと輝き始めるのでございます
私の苦しみがあなた様の喜び
だからマリーは不幸と涙を恐れはしない
私はあなたの犬となり
私はあなたの神である
私はあなたの犬になり
私はあなたの神になる」
――特撮『SM作家』
++++
ワタシのご主人様は、いつだって誇らしげに堂々としていて、そして強い。
そう、強い。彼を表す言葉なんて、それだけで充分だ。
一通りの点検作業を終えた彼は、メガネを押し上げながら、こちらを見た。
「よっしゃ、メンテ終了っと。なあ、パペット。ちょっと話をしようぜ」
ワタシは少しだけ首をかしげる動作をする。
「お話ですか。めずらしいですね、マスター」
「失敬だね。僕はいつでもどこでも性欲を持てあましているような、下賤な男ではないんだ。話ぐらいするさ」
彼は眉を寄せて、ワタシの頭をなでる。彼の体温は、ワタシの設定体温よりもかなり高い。というよりも、ワタシの設定体温が彼に比べて、低すぎる。アンドロイドとしては当たり前のことだ。ワタシの場合、人間並みの体温に設定することもできるが、彼がそれを望まないので、いつまでも機械の温度のままだ。もちろん、彼がワタシの体温をそういう風に設定するのは、その方が気持ちがいいからだ。彼の性的興奮を導きやすいように、ワタシの体はつくられている。
ワタシは――セクサロイド。彼と交わるためだけに生まれてきた、機械なのだから。
「パペットは、僕のことをどう思う?」
「マスターはパペットのマスターでありますが」
「そんなことは知ってるよ。そういうのじゃなくてさー。男として客観的に見てどうかってこと」
うーん。と、ワタシは考える動作をする。この動作はプログラミングされているだけで、本当に考えているわけではない。
「ワタシにはマスターを客観的に評価するユニットは搭載されてはおりませんが、マスターは外見的には85点くらいかと思われます。性格にはやや難あり。頭脳と知識だけは誰よりも優れていると言えるでしょうが、頭脳の優秀さが、マスターにとってプラスに働いた現場に遭遇したことはありません」
「うっわ、辛辣だな。でも、85点っていうのは100点満点中ってことでいいんだよな。それはけっこう高得点だ」
「いや、200点満点です」
「うっわ、凹んだ! 僕、今すごく凹んだよ!!」
マスターはけらけらと笑って、「他には?」と聞いた。
「メガネ属性と白衣属性のある人間にはたまらない容姿をしていると思われます」
「そんなどうでもいい評価はいらねえ」
「他には特に褒めるべき部分が見当たりません」
「僕の価値、ほぼメガネと白衣だけじゃねーか。マジしょぼ!」
「ワタシはメガネと白衣には価値を見出せませんので、マスターにはこれといった価値が見出だせないということになります」
「いちいち申告するなよ。凹むだろ」
「あるいは、セックスの技術についての評価をしてみてもいいと思われますが」
「いや待て、それはマジで凹むからやめて。マジやめて」
「毎回、フェラチオを強要するのは、やめておいた方が無難かと」
「やーめーてー!」
マスターはワタシの口を押さえる。彼の手の体温を感じつつ、少し自分の体温が上昇するのを感じる。
これも彼が設定したせいであって、ワタシの内部にそれ以外の変化はない。
ワタシは反射的に、彼の指を口腔に含めて軽く吸った。
「ちょ……待って、パペット。今はそう言う気分じゃ」
くちゅ、と音を立てて唾液を絡め、ワタシは彼の手を舌でねぶる。
「ひ……やめ……!」
甲高い悲鳴を上げて、彼は体を震わせて抵抗する。
しかし、セクサロイドとしてのワタシの性能は、そんな抵抗など無意味にする。
ワタシの気持ちも、マスターの気持ちも、無意味だ。
「指をなめられただけでそんなに感じるなんて、童貞っぽくてカッコ悪いですよ、マスター」
指から一度、口を離し、ワタシはそう言ってほほ笑む。
「童貞がセクサロイドなんて作れるわけ……ひゃうっ!」
ワタシが彼の指をまとめて口に入れ、もう一度軽く吸ったせいか、彼はまた間抜けな悲鳴を上げる。
「指でこんなに感じるのは、マスターくらいのものですよ。本当に、かわいいですよね」
指の股を舐められた彼は顔を赤くして、自分の口を押さえる。「パペット!」
「マスター、ワタシをこういう風にプログラムしたのはあなたですよ」
「それくらい知ってる……! 君の性質は、僕が一番知ってるんだ」
「なら、これから自分がどうなるかも分かっていらっしゃいますよね」
「そうだ、わかってる」
そのやりとりの間に、彼は諦めたようだった。ワタシは、抵抗をやめた彼のズボンのジッパーを下ろす。
「指を舐めただけなのに、こんなにしちゃって……マスターは本当に少年みたいですね」
「パペットの技術がすごすぎんだよ! 他の女相手だったら、絶対ありえねえ。超ファンタジー!」
恥じらうように視線をそむけて、彼は押し黙った。
「パペットを、そういう風に作ったのは、マスターですよ?」
にっこりと笑ってそう言ってから、ワタシは彼のペニスに手をかけた。舌先で舐めてやると、びくりと大げさに反応する。
そのまま、それを口腔におさめ、先端を吸い上げる。彼はディープスロートは好まないので、奥にまで引き入れることはしない。もうすでに、手慣れすぎるほどに手慣れた作業だ。粘膜でペニスを包んで、舌で鈴口とカリ首を愛撫する。彼は、尿道に痛いくらいに舌を入れられるのが好きだ。
そのまま顔を前後させて刺激を与えていくと、すぐに彼は絶頂を迎えた。
「ちょ、出るっ! パペット、離れてっ」
言われたとおりに顔を離すと、彼の放ったもので髪が軽く汚れた。
顔に直接かからなかったあたり、彼は他の男性よりも紳士的だと言える。
『他の男性』の話は、口にすると嫌がられるので、言わないでおく。
「マスター、早すぎです」
ワタシは、咎めるように言う。彼はふてくされたように肩をすくめた。
「髪、洗わないとだめだな」
「洗わなくても、新品と取り換えることが可能ですが」
「僕が早く出しすぎたせいでパーツを新品にするとか、いじめじみてるだろ」
「そうでしょうか」
「そういうことをすると、僕は君の髪を見るたびに、自己嫌悪に苛まれることになるんだよ。マジでやめてくれ」
「無駄なプライドだけは一級ですね、マスター」
「無駄って言うな」
彼は服装を正しながら、ワタシの手を取った。「ほら、風呂場行くぞ」
「それは、バスルームで続きをしたいのでしょうか。シャワーノズルと石鹸とボディータオル、どのプレイがお好みですか」
あえて語らないが、ワタシのおすすめは石鹸プレイである。あのぬるぬるは、一度やったら癖になる。
しかし、マスターは真っ赤になってこう怒鳴った。
「おまえの髪を洗いに行くんだ!」
「髪コキがお好みですか。それは存じ上げませんでした。新たにインプットを」
「せんでいい」
くすり、とワタシは笑う。「そんな、うぶなマスターも、素敵ですよ?」
「パペット……もうちょっと、節度というものをだな」
「節度のないセクサロイドを制作されたのはマスターですので」
「仕方がないだろ。性欲のなさそうな女子に嫌々付き合ってもらうより、積極的に絡んでくれる女の子がいいなって思ったんだから!」
「それならば、髪コキがよろしいかと」
とりあえず、新たに覚えたプレイを試したいので、ごり押ししてみたりする。
「パペットはちょっと積極的すぎるんだよ! 逆に萌えねえ!」
半狂乱で叫び終えてから、何かに気づいたように、彼は首をかしげた。
「あれ、ていうかおまえ、髪コキできんの!?」
「ワタシに不可能なプレイはありませんが」
「だって、髪コキって二次元限定だろ、常識的に考えて! 物理的に無理そうなんだけど!」
「ワタシの髪には動作用の神経が内蔵されておりますので、髪をそういう用途に使うことは可能です」
「うっ……一種の触手プレイか……ちょっと気になる!」
彼の知的好奇心はこういう場面ではいかんなく発揮される。非常に喜ばしいことである。
「マスターを飽きさせないため、パペットは日夜、新しい快楽の追求について勉強しているのです」
「ちょっといい感じに言ってるけど、おまえはただエロいこと考えてるだけじゃねーか」
「まじめに勉強をしているパペットに対し、エロいなどという通俗的な単語による罵倒を行うマスターは見苦しいです」
「おまえの方が見苦しいよ! 毎日、遅くまで検索エンジン使って何やってるのかと思ったら、エロサイト探索してただけじゃねーか!」
ワタシは、きりりとした凛々しい表情をつくる。
「エロサイトだけではありません。ちゃんとマスターのPCに入っている成人向けゲームなども参考に」
「僕のエロゲのCGを勝手にフルコンプしたのはお前か!」
「マスターを喜ばせるためには必要ですから」
「やりかけのエロゲのCGを勝手に埋めるのやめろよ!」
彼は激しく突っ込みをいれる。なぜ怒られているのかよくわからないが、とりあえず謝っておく。
「すみません、マスター。本物の触手の方がお好みでしたか」
彼はぶるぶると首を震わせて否定した。
「触手プレイは男の憧れだけど、ガチで経験しちゃったらトラウマになりそうだよ!」
「前立腺刺激によるドライオーガズムを目指すのが、触手分野ではお勧めです」
「お勧めって言うか、それ、完全におまえの好みだよな!?」
「そうですが、何か問題でも?」
ワタシは、にやり、と嫌な風に笑ってみせる。彼は頭を抱えた。
「うっわ、ネットスラング使って開き直った! おまえ、毎日ネットサーフィンばっかりしてるだろ!」
「大丈夫だ、問題ない」
「問題あるわ! もう、ネット接続できないようにするぞ!」
「ネットワーク接続ができないと、いろいろと不具合が生じますが」
「僕の知らない知識を日に日に蓄えていく、おまえの知的好奇心がすでに不具合だよ!」
そんな風に作った覚えはありません!と彼は絶叫するが、特に気にしないことにする。
ちなみに、彼がワタシを『おまえ』と呼ぶときは、機嫌が悪いときである。
機嫌のいいときは、『君』と呼ぶ。
「『知識がないことは罪である。知ろうとしないことはもっと罪である』って偉い人も言っていますし」
「それ、偉い人の台詞じゃなくて、中学生時代の僕の台詞じゃないか!」
中二病患者だった自分を振り返っているのか、彼はうずくまって少し呻いた。
「うっ……うう……もうダメだ」
「大丈夫ですか、マスター」
「大丈夫じゃねえ……」
そう言う声は涙声に聞こえたので、少しやりすぎたかな、とワタシは判断した。慰めておかないと。
「大丈夫ですよ、マスターはワタシの中では偉い人です」
「エロのことしか考えてないセクサロイドに言われても嬉しくない」
「ワタシはいつだってマスターのことを考えていますよ」
「それだと僕がエロの塊みたいだろ」
「その通りかと」
「やかましいわ」
はー、と一息ついてから、彼はワタシの頭を撫でた。
「む。いよいよ髪コキの時間ですか」
「む。じゃねーよ。これはただ、おまえが大事だから撫でてるだけ。勘違いするなよな」
「それはいわゆる『ツンデレ』というものですね」
「断じて違う」
「ツンデレはいつだってそう言うものです」
「おまえ、いつのまにかオタクになってねえか!?」
「オタクではありません。腐女子です」
「嘘だよな!?」
「ご安心ください、マスターは受けです」
「嫌だああああ!!」
頭を抱えてのたうちまわる彼を見下ろしつつ、ワタシは思う。
こんな平和な日常が、いつまでも続いていけばいいな、とか。
今は呑気にしていられるけれども、家に縛られる彼のバックボーンは、実はもっと重い。
道楽としてワタシのようないかがわしいおもちゃを作っていると知られたら、かなりまずかったりするのだ。
今はただ、このバカらしい会話が続いていけばいいな、とワタシは考える。
「まあ、それは冗談ですので」
「『それ』って何!? どこからどこまでが冗談なんだ!」
「髪コキが可能であるという話が冗談です」
「そこかよっ!?」
「今のは嘘です。実際は、マスターが受けであるという情報以外がすべて冗談です」
「受けなのはマジなの!?」
「それは外せません」
「やっぱおまえ腐女子になってるじゃねーか! こんなパペット、嫌だー!」
「大丈夫です。攻め役はパペットが担当いたしますので、今までと全く変わらないプレイをお楽しみいただけます」
「解せぬ!」
腹を抱えて笑った後、彼はワタシに歩み寄って、頬にキスをした。
唇にキスをされると、先ほどのようにスイッチが入ってしまうはずなので、賢明な判断だと言える。
再び目を合わせた彼は、もう笑っていなかった。真剣な目だ。
「パペット。もしかしたら、これから先、君はすごくつらい運命を強いられるかもしれない」
「存じております。マスターの家系は、マスターのような異端分子や、ワタシのような娯楽用アンドロイドの存在を許容することはない。発見され次第、廃棄処分にされることは覚悟しております」
「おまえは、それでいいの?」
「パペットの感情回路は、性的な部分をつかさどる駆動回路に比べると稚拙なものです。ですが、感情がないわけではありません。マスターと一緒にいられて、マスターの性欲を処理させていただくお役目につくことができる。それだけで、パペットは幸せを感じております」
セクサロイドの感情の回路は、性行為に用いる回路に簡単に上書きされてしまうくらい、弱いものだ。
たとえば、彼以外の男に迫られても、拒否できない。感情回路よりも性的な稼働が優先されてしまうからだ。感情回路がどれだけ拒否しても、動作を止めることはできない。
「パペット……」
「マスター、そんな悲しい顔をしないでください。パペットは、マスターに作ってもらえて、幸せですよ」
「僕だって、パペットと一緒にいられて、幸福だ」
ワタシは、できる限り彼が安心できるように、笑顔をつくった。
そんなワタシの頭を、彼の手がわしゃわしゃと撫でる。まるで、小さな子供をあやすように。
彼の手はとても温かく、ワタシは満たされた気持ちになる。
「ありがとうございます、マスター」
「こちらこそ、ありがとな。さあ、お姫様、こちらへどうぞ。髪を洗ってあげる」
平和でない日々は、もうすぐそこまで迫ってきているのだろう。
しかし、今はただ、日常を。
彼と笑い合う、くだらない平和を。
ただ、甘受しよう。
拙い思考回路をフルに稼働しながら、そんな風に思った。
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書いている自分が一番楽しいエロ小説。