「ご注文の品はそろっておりますでしょうか」

「パペット」

彼がワタシをそんな風にせつなげに呼ぶときは、性的に餓えているときだ。セックスしよう、とか、愛してる、とか、抱きたい、だとか、そんな言葉を口にすることはない。彼のプライドのせいなのか、なんらかの劣等感のせいなのか。そのあたりの感情の機微はセクサロイドたるワタシにはよくわからない。
「はい、マスター」
とりあえず、ワタシは義務的に受け応えをしながら、彼のそばへと歩み寄る。
「今日は、ちょっとアブノーマルなのがいいな」
喫茶店の注文のような調子で言って、彼は羽織っていた白衣を脱いだ。
「了解です。マスターが泣くまで気持ちよくしてあげますので」
と言って、ワタシは間髪いれず、持ち合わせていた手錠で彼の手を拘束する。
その手錠の鎖の部分は、そばにあったスチールの棚の高い部分につなげる。
「ちょ、パペット……!?」
手を高く上げたままの状態で、突然身動きが取れなくなったことに戸惑うように、彼はがちゃがちゃと手錠を鳴らす。
「あまりむやみに動かさない方がいいですよ。わりと本格的な手錠なので、揺らすと余計に締まります」
「これじゃ動けないよ!」
咎めるように申告する彼だが、アブノーマルなのがいい、などという無茶な注文をしておきながら、そんな文句を言われても困る。ワタシはいつだって、彼の注文通りに動くだけである。
「動けないようにしたのですから、当たり前です」
「服だって脱いでないのに!」
「脱がせて差し上げますので、問題ありません」
「ひゃ!」

ワタシがシャツのボタンに手をかけると、首元がくすぐったいのか、彼は甲高い声をあげた。
シャツを完全に脱がせるべきか少し迷った。結局、脱がせないで前だけ開いておくことにする。
まず、乳首を軽く引っ掻いて刺激を与えてみる。「ひっ!」とまた彼は軽く呻く。
かりかりと何度か引っ掻いてやると、上半身を震わせて応じた。顔色をうかがってみる。頬が紅潮していた。

「乳首、感じますか?」
「男なんだから、そんなことあるわけないだろ」
「嘘つきは、重罪ですよね」
マスターはぐっと返答に詰まりつつ、
「パペット、手錠、取って……!」
また懲りずにがちゃがちゃと手錠を揺らす。どんどん喰い込んでいくだけだというのに。
往生際の悪いことを、と思いつつ、ワタシは背伸びをして、手錠の喰い込んだ彼の手首を舐めた。
痛々しいほど赤く色の変わったそこに唾液を絡め、ぺちゃぺちゃとパッティングしてやる。フェラチオを模すような艶かしい動きで。
「ッ!」彼は顔をしかめて息をのむ。
「マスターは本当にマゾヒストさんですね」
ワタシはあえて表情を変えずに言った。
「僕、……っは! そんなんじゃないっ!」
苦しげに息を乱しつつ、彼はワタシの言葉を否定しようとする。
「嘘ばっかり」
ばっさりと切って捨てつつ、ワタシは指で赤く腫れた部分を撫ぜる。
「震えるくらいに気持ちいいんでしょう、マスター?」と囁いた。
「痛いだけだ、こんなの」
「痛いだけなのに、そんなに息が上がってるのですか?」
「それは……君がこんなふうに……!」
「いけないですね。気持ちがいいときは気持ちがいいと言って下さらないと」
耳元に口を寄せて、舌でわざとぴちゃぴちゃという音を立てる。「ね、マスター?」
「ひぃっ……だから、気持ちよくなんて……っ!」
「マスター、認めないと次の段階に移ってあげないですよ」
彼は真っ赤な顔で黙った。ふるふると全身が震えていて、小動物のようだ。
「くっ……! 覚えてろよ……」
児童アニメの悪党のようなセリフは、マッドサイエンティストじみた外見の彼にはよく似合った。
「パペットは物覚えがよくないですので、そういった方面の期待にはお答えできません」
「そんな答えは望んでない! 手錠、外せよ!」
「人にものを頼むとき、どんな言い方をすればいいかご存じないのですか?」
しばらく無言で考えた後、彼は悔しそうに言葉を絞り出す。
「手錠、外して、ください……」
しおらしい調子でそう言ったマスターは、怒られた子供みたいにかわいらしかった。
でも、ワタシの見たいのは、もっとかわいらしい彼だ。
「……ふふ」
ワタシはにやりと嫌なふうに微笑み、床にしゃがみこんだ。彼の局部に指を這わせつつ、びくびくと震えて熱を持つ部分を、ねっとりと布の上から愛撫する。裏筋を舐めるように指でなぞり、時折竿を強く握って刺激を与える。亀頭を強めに摩擦していると、感じやすい彼のそこはすぐにぐじゅぐじゅと音を立て始めた。その音を確認してから、彼のスラックスを下ろす。
「ちょ……、待って!」
「待ちません。マスターが正直になるまで」

濡れた下着を剥ぎ取りつつ、ワタシは手の内から道具を取り出した。
「うっ」
彼はそれを見ただけで蛙がつぶされたような声を上げた。
「それ、何に使う気だ……!」
抗議の声を上げる彼は、まだ自分の立場が分かっていないらしい。
ワタシはピンク色のローターを玩び、最高の笑顔で彼に微笑んだ。
「淫乱なマスターの後ろを弄って差し上げるのです」
「い、嫌だっ! ちょっと、他の事なら何でもするから、マジでそれだけは……!」

ガチャガチャと手錠を鳴らし、彼は抵抗しようとする。しかし、彼の場合、抵抗はポーズである。
ここであえて実行される方が、より背徳的で、より快楽を得られる。彼は、根本的に言葉と体が別構造な、マゾヒストさんなのである。そんな彼の嗜好に応じるため作られたセクサロイドとしては、ここで引くわけにはいかないし、引くことは彼のためにならない。彼だって、今、ワタシがローターを片づけて、手錠の鍵を外してしまったら、きっとがっかりするに違いない。逆レイプは徹底して逆レイプであるべきなのだ。シチュエーション萌えの美学とは、そういう部分にあるのだから……というのは、ワタシの持論でもあり、おそらくはワタシにその持論を組み込んだマスターの美学でもあるのだろう。人間同士のセックスであるならば、こういったアブノーマルなプレイには双方の合意が必要で、片方が我慢をしなければならない局面も多くあると思われる。が、彼とワタシの場合、そういった心配は不要である。なぜならワタシは彼の欲望のためにプログラムされた存在だからだ。
彼が嫌がることなんて、ワタシはしないし、できない。

ワタシは黙って、ローションをローターに絡めていく。その間にも彼の断続的な叫びが聞こえてくるが、あえて聞こえないふりをする。
「力抜かないと、痛いですよ」
「…………ッ、う、あっ……!!」
ローションをうまく絡めたせいか、そこまで苦労せずとも、ローターは彼のすぼまりの中におさまった。ちなみに、簡単には外に出ないよう、ストッパーが施されている高性能なものを選んでいる。
「ひぅ……は、ぁ、……」
初めてではないけれど、そこまで慣らされているわけでもない彼の中には、まだ異物感しかないのだろう。苦しげに呻きながら腰を揺らす。
「そんなに揺らして。はしたないですね?」
「ねぇ、やめ、いた、……っ!?」
痛い、という言葉を紡ぎながら、腰を震わせる彼。
それを視認したワタシの中に生まれたのは『感情』なのか、『感情を模したニセモノの電気回路』なのか……わからないけれど、ひどく彼が愛しい。
「マスター、どうですか?」
「痛い、気持ち悪い……」
「痛い、気持ち悪い。じゃあ、どうしてほしい?何を?」
ワタシの問いかけで、彼は自分の本心に気づいたのだろう。目をそらしてうつむいた。
ご主人様、あなたはとてもかわいい。
まるで、家の中で飼い慣らされる猫みたい。
彼は返答しようとしなかったが、聞かずとも答えはわかっていた。
無言のまま、ローターの出力を最大へ。あ、やめ、と彼が言いかけて黙った。
「―――ッ!!」
声にならない声をあげて、彼が歯を食いしばって震える。
そのとき、彼の目のなかに、熱くたぎる性欲の切れ端のようなものが宿って光っているのが見えた。
「どうしました?」
一度震動を止め、意地悪で尋ねてみたが、彼はせつなげな表情でワタシを見据えただけだ。声を出す余裕はないらしい。
「今の刺激、もう少し、長い間、やってみますか?」
「や、」
やめて、と彼が口に出す前に、ローターを動かす。機械の震動が彼のなかで暴れる。彼は真っ赤な顔でワタシと目を合わせた。彼の口の端から、透明なものが滴る。口を閉じる余裕もないらしい。
「ぃああぁあ……!!ぃ、たい、だめ、もうだめだ、こわれるからぁ!」
言葉とは裏腹に、彼は感じているみたいだった。ここまでの暴虐を尽くされているというのに、勃起している。
「感じてますね」
あえて言葉に出して言ってみる。彼はますます赤くなる。彼の急所はそのような激しい震動で感じるほどに開発されてはいない。おそらく、震動や痛みそのものよりも羞恥で感じているのだろう。ワタシは微笑して、ローターの電源を入れたまま、彼の手錠を外した。
「ぁ……!?」
高く挙げていた手を急に自由にされた勢いで、彼は混乱しながら膝をついた。ワタシはそんな彼を仰向けの姿勢に押し倒す。
「ほらマスター、入れますよ」
「ひっ……! まだ、電源、入って、」
電源を入れたままでローターの角度が変わったせいでまた痛み出したらしく、彼の目から涙が流れた。だが、構わずにワタシは彼の上に馬乗りになった。
ぐちゅり、と湿った音がした。彼の高ぶったペニスが、生殖器を模したワタシの局部へおさまる。右手にはローターのスイッチを持ったまま。急にわかりやすい快感を与えられたせいで、彼は声を出さずに体を反らせてひきつるような呼吸をした。
「こっちまで、マスターのなかの震動が伝わってきますよ」
ワタシの言葉が届いているのかいないのか、彼は、ただただ快楽と痛みの狭間で泣いているようだった。
「ほら、騎乗位……好きでしょう?」
その問いかけに、ようやく彼が切れ切れに応じた。
「好き、だけど、その震動、は……っ!!だめだ、おかしくなるっ」
涙声でそう言ったマスターを無視して、ワタシは腰を揺らしはじめた。手のなかでローターの強さを少しずつ変えながら。
「ひぃ……! いやだ、こんなのでイきたくない!こんな、ぁあ、あっ」
泣きじゃくりながら、彼も上下に腰を振っていた。粘性の音。はずむ吐息。
彼の言葉が言葉通りの意味を持たないことと、彼の真意をワタシだけが知っていることが、とてもワタシを興奮させる。

こうして、快楽に溺れていく彼を、上から冷静に見ているのがとても好きだった。セックスのことだけしか考えられなくなってほしい。少なくともその間だけは、ワタシは彼にとって最高の人形になれる。不遜にも、彼の快楽のすべてを司る主にすらなれてしまう。今、この瞬間だけは。
主人の望むものを与えるという、アンドロイドにとって最上級の幸福は、皮肉にも、ワタシが彼の上に君臨することで実現されていた。
「パペット、もうイきそうなんだ! その震動、止めてくれ、お願いだからぁ……っ!!」
そんな懇願をされて、ようやくワタシは凶悪なローターのスイッチを切った。が、スイッチが切られたのと、彼の精が放たれたのはほぼ同時だった。温かい液体がワタシのなかで広がる。絶頂にびくびくと腰を震わせた彼は、目を閉じてぐったりしてしまった。

「お疲れ様です、マスター」
相変わらず彼の上からではあるが、そう労ってみた。
「うるさい……」
不機嫌な声で返す彼には、まだ意識があるらしかった。気絶してしまうかと思っていたので、意外だった。
「いかがでしたか?」
と意地悪な問いかけをしてみると、彼は目を閉じたまま、
「たしかに気持ちはよかったけど、もう、懲り懲りだよ。アブノーマルなんてのは……」
とぼやいて、寝息を立て始めた。
その無防備な寝顔を見て、彼のなかにおさまったままのローターのスイッチをもう一度入れてやりたい衝動に駆られたけれど、やめておくことにした。
「マスター、おやすみなさい」
せっかくなので、ワタシも自身をスリープさせることにした。夢のなかで会えるなんて思ってはいないけれど、人間と同じように眠る機能が自分に備わっていることはとても嬉しいことだと思う。彼が起きるのを一人で待たなくて済む。

彼の寝顔はとてもかわいいのだけれど、もしかしたらもう目覚めないかもしれないと、不安に思ってしまうから。
できるなら、彼のほうが先に目が覚めてくれたらいい。
自分が起きた瞬間には、彼に出迎えてほしい。
……そんなふうに、らしくないセンチメントを抱きながら、ワタシは眠る。
彼の体温で温もった金属の体は、電源を落とされたことで急速に冷えていった。



20140604


この話を書くのに3年かかっていました。
エロシーンの本番を書くスキルのたりなさを痛感しつつ、書いているあいだはとても楽しかったです。