DevilMaster
第一幕 「陰陽勾玉巴」
パーティの支度というのは、征一郎のような人間にとって、非常に億劫なものである。
パーティそのものを嫌悪しているわけではない。
ただ、目立ちたくないのに着飾らなければならないことは心の負担になる。
『巴』の名前を背負って立つことが前提であるならば、なおのこと億劫だ。
「マスター、そのボタンはなんです?」
タキシードに着替えている征一郎に対し、パペットがそう問いかけた。
彼のネクタイの端に、文様が刻まれた、まん丸のボタンがついているのだ。
「ああ、これか? これは巴の家の出身であることを示す"家紋もどき"だ」
「カモン?」
「要するに、今回のパーティみたいな正式な場所では、いつものようにのらりくらりと、単なる怠惰な男ではいられないってことだ。このボタンが名刺代わりになって、僕が巴の跡取りであるということをみんなにアピールしてくれるってわけ」
心底うんざりという表情で征一郎が言う。
パペットは、彼の服の裾を綺麗に伸ばしつつ、さらに質問をした。
「この文様には、何か意味があるのですか?」
ネクタイの角度を直してから、征一郎は説明しだした。
「これは"陰陽勾玉巴"ってやつでな。うちのじーちゃんの説明によると、黒が"陰"、白が"陽"。陰のなかの陽と、陽のなかの陰。この世界は陰と陽のふたつの要素でできている。そんなことを示すマークなんだと。まあ、巴っていう名字だから、それっぽいのを適当に選んできたらしいけどな」
征一郎自身もあまり深く理解しているわけではないらしく、自分の認識の浅さを嘆くように頬を掻いている。
パペットは、続けて問いかけた。
「"勾玉"とは、勾玉さんの名前と同じ"勾玉"、でしょうか?」
征一郎は、そういえばそうだ、とつぶやきながら、
「松手に聞いてみないとわからんが、たぶんそうだろうな。他にそんな言葉はないだろ。ニンジャは日本独自のカルチャーだから、同じく古くて和風のイメージのある勾玉を採用したとか、そんなんじゃねーかな」
と言った。彼の身支度はようやく完成しようとしていた。あとはヘアセットを頼むだけである。
「陰陽勾玉巴……巴……勾玉……」
パペットはいまだにブツブツ言っていたが、征一郎は急いでいたので、彼女を放っておいて、美容院の場所を確認しだした。
彼らがこれから向かおうとしているのは、偉大なる科学者が主催する宴である。
その科学者の名は、飽間めがね。
ミレニアムの科学にとって、必要不可欠な女性だ。
人は、そんな彼女に恐れと敬意を込めて、『デビルマスター』と呼ぶ。
20160125
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