DevilMaster

第五幕 「部品」


 勾玉は直感のよくはたらくアンドロイドだった。その日も彼の直感によって事態が急変したと言っていい。逆に言えば、彼がいなければ、一同は平和に帰路に着くことができたのだろう。波乱の種を持ってきたのは、善良な青年アンドロイド。彼はのちに、その選択を悔やむようになる。
 パーティの終わり際、勾玉が主人の元へ持ってきたのは、焦げた機械の破片だった。
「ねえ、征一郎。これを見てくれる?」
 普通の人間ならば、ただのクズ鉄としてしか扱わない。気にも留めない、そんな物体だ。
 しかし、征一郎、松手、そして二体のアンドロイドには、そのビスが特別なものであることが一瞬で理解できた。
「これは……」
 征一郎の顔色が変わった。彼は、パーティに疲れ、さっさと帰りたいと思っていたが、そのビスを見た瞬間、疲れが吹き飛んだ。
 焼け焦げ、まるで経年劣化によるサビのような茶色に変わり果てたビス。しかし、見たところ、サビではないようだ。なにか、過剰な負荷をかけなければ、このような異様な色にはならない。想像を絶するような炎で焦がされながら、なぜか融解することはなく、形を保っている不思議なビス……。そのビスは、征一郎には見慣れた存在だった。ここにいる誰もが、よく知り得ているもの。
 ミレニアムの世界に現れた、超常の存在――科学を超えしもの。
 STARのビスだ。
 おそらく、STARのビスでなければ、とっくに溶けて形を失っているはずだ。
 このパーティ会場で、このような高温のビスを扱う実験が行われているという記録はない。少なくとも、征一郎と松手は知らない。では、何のために高温に晒されたというのだろうか。STARを知るものが、その意味を知りながら、ビスを高温に晒したというのならば……それは、異様である。すくなくとも、現代のアンドロイド制作過程において、核となる重要な部品に破損するような高負荷をかけることは少ない。
 だが、そんなことをしそうな人間を、征一郎は一人だけ知っている。
 彼女なら――するかもしれない。
 もしも彼女であるならば、あえて勾玉の通りそうな場所にこれを捨てた可能性が高い。勾玉がそういうタイプの機械だと知っていて、未来を見越して、こうしたとしか思えない。
「行かなきゃならない場所ができたようだな」
久々に、STARの顔を思い出しつつ、征一郎は震える声でつぶやいた。
 STAR。できれば触れたくない、不気味な超常。
 自分は結局、あの超常現象と向き合わなければならないさだめのようだ。

 もしも、この世界が小説であったなら。
 おそらく、自分は他人の人生の片隅でひっそりと生きている存在に違いない。
 征一郎はそう思う。主役になんてなれない、脇役にすらならない。単なるモブキャラでしかないだろう。
 だが――きょうに限っては、脇役になってもいいかもしれない。
 勾玉が拾ってきた焼け焦げたビス……それは、虐待の証だった。
 おそらく、この建物のなかで、何者かがアンドロイドを虐待しているのだ。
 いったい、誰が?
 征一郎には、心当たりがあった。

 ……征一郎の説明を一通り聞き、勾玉と松手は真っ青になってしまった。一方、パペットは平然としている。こういうところにも、作り主の性格が出ているのかもしれない。勾玉が松手の気持ちの揺れに共鳴して擬似的な感情を揺らしているように、今、パペットの気持ちは征一郎と同じなのだろう。
「アンドロイドの、虐待……?」
 勾玉は、信じられない、という表情で問いかける。
「アンドロイドは、人間のように、肉体に命を宿しているわけではない。心を持っているわけでもない。駆動に関係する部分だけを残しておけば、どんな暴力を受けても、再生は可能だ。そういう暴力的な用途に使うことはできるだろうな」
「そんな……」
 ショックを受ける勾玉の隣で、松手は言う。
「征一郎はその虐待を止めようとしてるのね」
「いや、そんなことはない」
 その返答がかなり意外だったようで、松手は失望したような顔をした。まあ、彼女の心の動きのほうが正常であろう。
 人間を虐待することは許されない。が、アンドロイドの虐待を禁じる法はない。作り出した機械をどう扱おうと、それは人間の自由である。傍目から見て、どんなに残酷な行為であったとしても、だ。
「じゃあ、何をしようっていうの? 今から、その人のところへ行くんでしょう」
「……わからん」
 そう、わからないのだ。機械を作るのは人間で、所有権も作った者にある。当たり前の事実である。虐待される機械に対して、「かわいそうだ」などと感じる者がいるとすれば、その感覚は間違っている。なぜなら、アンドロイドに感情はない。痛みも、インプットされた情報にすぎず、本当にそこに痛みが生じているわけではない。何かをかわいそうだと思うのは人間のエゴであり、機械に対して同情するのは間違いだ。

 では、自分は何をしたいのだろう。興味があるのかもしれない。アンドロイドとは何か。アンドロイドの存在意義とは何か。アンドロイドの痛みとは何か。感情とは何か。それを考えるための道しるべがほしい。残酷かもしれないが、そう思う。
「マスター。そんなあいまいな理由で、他人の事情を詮索したら、きっと後悔しますよ」
 それまで黙っていたパペットが、ぽつりとつぶやいた。
 ……そのとおりだ、と思った。
 しかし、それでも。
 自分は"彼女"の話を聞かねばならない。
 科学者として――知るべき痛みを知るために。


20161102 RE: