ユメモノガタリ
家族で車に乗って食事に出かけることになった。
車は白いミニの乗用車。
が、車を走らせるうちに周囲の景色が激変していく。
緑や紫の光る枯れ木や五個シャベルがついた、ビルより大きな紅白のショベルカーが街を覆う。
空は灰色だがオーロラのように鈍く光っている。
目の前には行き止まりしかない。ここはおそらく世界の終わりだ、終着点だと私は感じるが、父は構わず車を走らせる。
不思議と恐怖はない。遠足に出かけるときのような、わくわくとした心地すらする。
途中、私と母だけが車を降りた。道路は一本道で、目の前にはイスラム教の信者の住む家がある。
私たち二人はそこに入った。
そこには「生きたミイラ」がいると評判だった。
ベッドからは動けないものの、呼吸も脈もちゃんとある、人間なのだそうだ。
私たちは早速そのミイラのいる部屋へ案内される。ドアのそばで立ち止まるように言われ、遠目にしか見えなかったが確かに部屋のおくにはベッドがあり、そこにはミイラが横たわっていた。
一階の部屋は全てオレンジのカーテンで仕切られており、固い壁などは一切ない。いわばテントのような家だ。
退屈になった私はカーテンを少しめくって他の部屋を覗きみた。
誰かと目が合う。その人はスカートのような緑の法衣を身にまとっている。
私は慌ててカーテンを閉めた。
その人はミイラの顔をしていた。寝たきりの体ではなく、ちゃんと歩いていた。
背中をひやりとした汗が伝う。見てはいけないものを見た気がした。
私たちは二階に泊まることになった。二階の床はフローリングになっており、廊下の突き当りには七福神の絵がかけられていた。二階からは何故か一階の様子が全て見渡せた。二階にはなぜか鍵がかかった部屋がたくさんあったが、私たちは気にしていなかった。テレビでは野球選手が笑顔でインタビューに答えている。
テレビの前に分厚い本が落ちていた。推理ゲームの本だ。手を伸ばすと、その本を取ろうとしていた誰かと手がぶつかった。
顔を上げると、そこには先ほどのミイラがいた。ミイラはにっこりと笑って「大黒(だいこく)」という名を名乗った。そして、普段ベッドに寝ているミイラは本当の死骸なのだと説明した。そして、立って歩き、話す自分こそが本当の生きたミイラなのだと言う。
「いわば生きたミイラと死体の入れ替えトリックのようなものさ」
と大黒は笑った。私と母は大黒の人柄がとても気に入り、大黒と楽しい時間を過ごすが、やがて大黒は自分はもう天に召されなければならぬと言い始めた。私は嫌だと言った。が、大黒はきらきらと光りながら二階の窓から本を三冊抱えて空へと飛んでいこうとした。
最後に、記念に本を一冊くれないかと私は言った。
彼は「嫌だね」とにこやかに言って飛んでいった。
全てが終わった。もうここに用はない、と私たちは感じ始めていた。
そんな折、窓から駐車場(五台分くらい)を眺めていると、白い小さな乗用車に乗って、母の義理の妹がやってきた。私たちの居場所を彼女が知るわけはないし、不思議に思ったが、どうやら彼女は私たちを迎えに来たらしい。
私は家に帰るのなら着替えをしなければならないと思い、たんすの中から淡いピンクのブラウスを取り出す。たんすの中には他に、ノースリーブの蛍光色のパーカーや、ラインストーンがたくさんついた白いTシャツが入っている。
「私たち、生きてるミイラと話をして、友達になったんだよ」
と彼女に言うと、彼女は眉間に皺を寄せて、「夢でもみたんじゃないの」と言った。
二階から木の階段を降りる途中、母が、
「そういえば二階の他の部屋って、誰かいたのかしら。もしかしたら、大黒さんみたいな生きたミイラさんがいたのかもしれないわね」と言った。