プロローグ――幼いころ、彼の書いた物語

 昔、ある国に独り身の王子様がいました。王子様は毎日が退屈で仕方なく、いつも家来に貢物を持って来させていました。王子様は自由でしたが、お城から出ることは許されていませんでした。気を紛らせるためにいつも貢物を頼んでばかりいましたが、やがて飽きてやめてしまいました。
 また、王子様は気難しい男だったので、家来の用意した見合い相手と結婚することをかたくなに拒んでいました。家来は次々と新しい相手を連れてきましたが、王子様は娘の顔すら見ずに、追い返してばかりいました。
 ある日、見合い相手を用意されることに飽き飽きした王子様は、国中にお触れを出しました。
「わたしに一番素敵な贈り物をくれた女を、わたしの妻にしてやろう」
このお触れはあっという間に国中に広まり、たくさんの女たちがお城にやって来ました。金持ちの家の娘も、貧しい家の娘も、みんな贈り物を持って行列に並びました。
 王子様は玉座に悠然と腰掛け、女たちを一人ずつ、自分のいる部屋へ招きました。
 一人目の女は、金色の輝きを放つアクセサリーを全身につけた金持ちの貴族でした。
「あたくしが王子様に差しあげる贈り物、それはこの国で一番大きなダイヤモンドでございます」
彼女の持つ箱の中では、人間の拳ほどの大きさのダイヤモンドが太陽の光のようにまぶしく輝いておりましたが、王子様は宝石には興味がなかったので、彼女は彼の妻にはなれませんでした。
 二人目の女は、大きな皿を持って現れました。皿の上には巨大なターキーが載っていました。できたてのようで、ほこほことした煙とにおいが漂ってきます。この国では、ターキーは非常に高価な贅沢品でした。王子様の横に立つ兵士はよだれをたらしそうになっていましたが、王子様は
「ぼくは鳥の肉は好きじゃない」
と一蹴してしまいました。彼女は彼の妻にはなれませんでした。
 三人目の女は、貧しい身なりの女性でした。
「わたしの全財産です。どうぞわたしを妾にしてください」
と言いながら彼女が差し出したのは、革の袋に入ったほんの少しのお金でした。
 王子様はふん、と鼻を鳴らしてこう言いました。
「それはお前が夫のところから盗んできた金だろう。お前にとって、ぼくの妻になるということは、家族を捨ててまで為したいほど大切なことなのか。……くだらない。帰りたまえ」
貧しい女の顔色がみるみる青くなり、彼女は泣き震えながら、出て行ってしまいました。
「どうしてあの金が盗んだ金だとわかったのですか」
と一部始終を見た家来は思わず尋ねましたが、王子様は「勘だよ」とつまらなさそうに言いました。
 それからも何人もの女がやって来て、いろいろな贈り物を王子様に見せた後、泣きながら、あるいは怒りながら出て行きました。王子様が婚約を成立させないことよりも、女たちが本当に悲しそうに出ていくことにいたたまれなくなった家来たちは、
「次の女で最後にしましょう。いいですか、王子様」
と王子様に尋ねました。王子様はあくびをしながら頷きました。もう彼は飽きているようでした。
 女が入ってきました。しかし、彼女は何も持っていません。
「どうしてお前は何も持っていないのだ。贈り物はどうした」
女はにっこりと無邪気に笑いました。腰まであるさらさらの金髪が揺れます。美しい、女神のような笑顔でした。
「……王子様、あなたはかわいそうな人です」
家来たちの顔色が変わりました。彼らは女を追い出そうと集まってきました。王子様はそれを制し、問いました。
「かわいそう? なぜだ。ぼくは、この国の王子だぞ」
「あなたは人を愛するということをご存じでない。この世のどんな宝よりも素敵なものを、あなたはいまだに手にしたことがないのです。これが、哀れでなくて何でありましょう」
女の堂々とした口調に、王子様は黙ってしまわれました。
 そんな王子様を見て、女はまた笑いました。家来たちはその笑顔の美しさに見とれてしまいました。女を捕まえるのも忘れ、ただぼうっと女を見ています。まるで、男を虜にして食べてしまう妖怪であるかのように、奇妙に魅惑的な笑顔でした。
「ですから、わたくしはあなたに、『人を愛する』ということをプレゼントいたします。わたくしはこれから、あなたを全力で愛します。全身全霊をかけて、あなたのために生きます。きっと、王子様はわたくしを愛するようになるでしょう。もしも、あなたがわたくしを愛することができなかったら、そのときはわたくしを処刑していただいて構いません」
目を丸くしてきょとんとしていた王子様は、処刑、という言葉を聞いて不敵に笑いました。
「ほう。おもしろい。なかなかに度胸のある女だ」
王子様は立ち上がり、大声で家来たちにこう伝えました。
「ぼくはたくさんのものを与えられてきたが、人に何かを与えろと言われたのは初めてだ。決めた。ぼくはこの女を妻にする。こいつは、ぼくの妻にふさわしい女だ」
家来たちの反対を押し切り、王子様は女と結婚してしまいました。
 結局、二人は相思相愛の夫婦となり、そして王子様は王様になり、後継ぎを残し、末永く幸せに暮らしたということです。
 めでたし、めでたし。