「クリスマスは嫁と過ごす。だから、残念ながらその提案には賛同しかねるな」
きっぱりと言い切った松浦だったが、彼の嫁は液晶ディスプレイと同人誌のページの中からは決して出てこない存在であるので、わたしは彼の頭を思いっきりハリセンで殴った。ハリセンがどこから出てきたのかは言わないお約束ってやつである。
「いっ……てえ……」
「あんたはなんでそんなに協調性がないの。青木も岡崎さんもあっさりOKしてくれたっていうのに、そんなアホな理由で中止にできるわけないでしょう」
松浦は自分の言葉を「アホな理由」扱いされたことに納得がいかない様子だったが、唇を尖らせながら、
「カイセも参加するのか」
と言い出した。
「参加するも何も、あくまでわたしが幹事ですから」
「いや、そのネタは正直どうかと思う」
「うるっさいわ! あんたの『な、なんだってー!』とか『あえて言わせてもらおう、○○であると!』とかよりマシ!」
突っ込みを入れつつ、自分でも正直このネタは言わない方がよかったな、と思っていた。旬なネタなら何でも面白いわけではない。全力で後悔。
「……とりあえず、松浦も参加決定でいい?」
「まあ、そこまで言うなら参加してやっても構わな……いたっ!」
尊大なセリフの途中で、思いっきり弁慶の泣き所を蹴りつけることに成功した。
「股間を蹴られないだけ幸せだと思いなさい」
ちなみに、これはわたしの決め台詞だ。……股間を蹴ったこともあるけど。
「この暴力女……」
二次元の嫁と過ごすからクリスマスは家にいる!なんて平然と主張する変態には言われたくなかったが、わたしが暴力的なのは事実なので黙っておいた。
「じゃあ、当日は部室に集合だから。よろしく」
そう言って彼に背を向けると、
「わかった」
と小さな声で彼が返事をした。

It's a Beautiful World

まず、白くて大きなホールケーキ。生クリームと赤いイチゴの織りなすコントラスト、これこそクリスマスケーキとして最強の組み合わせである。
ケーキの隣には人数分の骨付きチキン。においと湯気を漂わせながらゆったりとそこに存在する、悪魔的な魅力を放つ逸品。
風に乗って聞こえてくるのは、クリスマスらしさ全開のあの曲。ベルの音と共にサンタクロースがやってきそうな陽気な音色、これはクリスマスに欠かせないものであると言えよう。
ああ、これこそ聖なる日を祝う最高の装備だ。これ以上ふさわしいものは存在しない、と言い切っても構わないくらいである。
「って、そんなこと言い切れるかぁっ!!」
わたしの脳内モノローグ(テレビ番組のナレーター調)に全力で松浦が突っ込みを入れた。どうやら彼はサトリの能力を持っている……わけではない。ただの偶然だ。基本的に松浦は呑気なボケキャラであるので、彼が必死に突っ込みを入れる現場と言うのはなかなか稀なものである。
「ホールケーキとチキンはコンビニで購入したものだし、カイセが持ってきたラジカセから聞こえてくるのは、かろうじてメロディが聞き取れるくらいにノイズが混じりまくりの、怪奇じみたジングルベル! この寒々しい場所からは、どう考えても悲劇かホラーしか始まらないぞ!」
彼はこぶしを握りしめながらそう解説した。言いがかりではなく、すべて事実である。ついでに付け加えておくならここは大学の近所にある公園。ケーキとチキンが載っているテーブルは今にも崩れ落ちそうな木でできている。風避けもないので、ひゅるりと吹き抜けていく風を受けながら会話している状態だ。わたしたち四人の他には、遊具で遊ぶ風の子たちしか存在しない。
「まあまあ松浦先輩、落ち着いて。予算がなかったんですから、仕方ないでしょう」
岡崎さんがナイスなフォローをいれた。グッジョブ、と目で彼女にサインを送るわたしをにらみつつ、松浦は文句を並べる。
「予算がなくても、誰かの家とか学校の部室とか、使える場所はあるだろう。どうして風の吹き荒ぶ公園を選んだのか。理解に苦しむ所業としか言いようがない」
「松浦、あんたにだけは寒々しいとか言われたくない」
わたしは精一杯の反論をした。
「いちばん寒々しいのはあんたの頭よ。寒いと文句を言う前に、髪の毛を生やしなさい。この際ヅラも可ということにする。かのマリー・アントワネットは言ったわ……『髪がないなら、カツラをかぶればいいじゃない』、とね」
「確かにあの髪の毛は地毛かどうか疑いたくなるほどのボリュームではあるが……って、そういう話じゃないっ!! ぼくの髪型とこの状況はまったく関係ねえ! そしてマリー・アントワネットはそんなアホなセリフは言ってない!」
松浦、渾身の三段ノリ突っ込みだった。
今日、彼の突っ込みスキルはうなぎのぼりである。
心なしか、そのスキンヘッドもいつもよりきらめいている気がする。
「ぼくの頭はお前が言うほどきらめいてない!」
……やっぱりサトリなんじゃないのか。地の文にまで突っ込みを入れるのはやめてほしいものだ。
仕方がないので「うおっまぶしっ」と言ってみたが、
「だからまぶしくないって言ってるだろ!」
……突っ込み総数が一回増えただけだった。


「ごめん、君の意見には賛同できない」
と唐突に言い出したのは青木だった。
「なぜならぼくは、公園という場所を愛しているからだ。だからクリスマスパーティを公園でするという貝瀬さんの提案にも大賛成だよ」
大胆かつ電波、ついでにアホくさい告白だが、言っている本人は大まじめである。そもそも青木とはそういうやつだ。音楽研究サークルには妙な人間しかいないことで有名だが、その中でも随一の、常識人の皮をかぶった変人。それが青木である。
「……とりあえず、おまえが公園という場所を好きな理由を聞かせてもらおうか。あんまり聞きたくないけど」
松浦はそう尋ねたが、社交辞令で尋ねているというのがありありとわかる投げやりっぷりだ。まあ、青木にこういう類の質問をしてまともな答えが返ってきたことはないので、当然と言えば当然だ。岡崎さんはまだよくわかっていないらしく、きょとんとしている。
「ぼくが公園の中で最も優れていると思うところ……それはブランコだ。一人で遊べるという点、子供も大人も気兼ねなく乗れるという点、そして軸にぐるぐる巻きつけて楽しめるという点がすばらしいと思う」
「最後のはおかしくないか……?」
松浦は疑問調で突っ込むが、甘い。最初の二つも常識に照らして考えるとちょっとおかしいのだ。普通の大人は、一人でブランコを嗜んだりはしない。公園の長所を挙げろと言っているのにブランコの長所しか言っていない点も突っ込みポイントである。
だがわたしはあえて突っ込まない。松浦よりも高レベルのツッコミスキルを有するわたし(自称)であるが、青木には絶対に突っ込みはいれない。君子危うきに近寄らず。不毛なものに突っ込みをいれてはいけない。
突っ込みの代わりに、わたしは青木を援護した。
「ふふ、公園の良さが分かるなんて、さすが青木。何を隠そう、わたしもアスレチックで暴れるのが大好き」
「あ、それはわかりますー。小学生の頃、よく友達と遊びました」
わたしは今でもアスレチックで暴れまわっているので、岡崎さんの「わかります」はちょっと認識がずれていると言わざるを得ない。だが、タイミング的にはかなりのナイスフォロー。これで、「公園でパーティ肯定派」が三人、「否定派」は松浦のみという図式が完成した。一般的に、正しいことを主張したとしても、多数決で負ければ主張は通らない。民主主義社会の弊害を一身に受けた被害者……それが今の松浦だった。

「では、僭越ながらわたくし、貝瀬がろうそくに火をつけさせていただきます」
とは言ったものの、冬の強風が吹き抜けていく中、ケーキに立てたろうそくに点火するのは無茶だ。一本つけ終わり、次の一本に点火した瞬間にはもう先ほどの一本が消えている。諦めて、ろうそくをまとめて引っこ抜く。
「じゃあ、改めて乾杯!」
「ちなみに、クリスマスとはイエス・キリストが人間として生まれてきたことを祝福する日であり、日本では明治三十三年、明治屋によるクリスマス商戦が開始されたことから……」
「どうでもいいことを長々と説明する松浦はほっといて騒ぎましょう!」
「おいっ!ぼくを無視するな!」
松浦のくだらない蘊蓄をいちいち聞いていたら、クリスマスが終わってしまうだろう。
「くだらないことを言ってるとケーキ没収するわよ」
「脅迫するな」
と言いつつ、わたしからケーキを遠ざけて隠しながらもぐもぐしはじめる。素直な男だった。
ケーキとチキンはあっという間になくなった。しかし、若人たちの空腹はそれだけでは埋まらなかった。
「意外と腹にたまらないですね、これ……」
小食の岡崎さんすらこう言いだす始末。
「しかし、もうお金はないよね……コンビニもちょっと遠いし」
「ふふ、わたしにはいい考えがある」
わたしは、ずびしーっ!と漫画的な効果音を立てて自販機を指差した。
「セ○ンティーン・アイスよっ!!」
「この寒いのにアイスだと……正気か!」
松浦は正論を繰り出すが、
「あ、いいね。ぼく、プリン味がいいな」
「わたしはバニラがいいですー」
とわたしを援護する天然二人の前になすすべなくひれ伏す。
さすがに松浦がかわいそうに思えてきたが、わたしにとってセ○ンティーン・アイスはアイスの聖域ともいえる好物。低価格ならではのシンプルな味と、ぺりぺりと紙を剥いて食べるあの独特な形状は他にはないものである。それに、限られた自販機にしか売っていないため、たまにしか食べられないという点もB級グルメとしては上出来だ。
自販機に向けて歩き出す青木と岡崎さんの後ろに続くことにする。
残された松浦は、悲痛な表情で黙り込んでいた。
南無三。

食べたくないなら食べなければいい。さすがのわたしも、冬空の下でアイスを食べることを強要するほど、松浦に恨みを抱いてはいない。
だが、松浦は震えながらアイスを食べている。何故だ、と問うと「意地だ」と答えが返ってきた。
「ていうか、カイセの好物だから、食べてみたかっただけで、その……」
「貝瀬さん。そのアイス、色が変じゃない?」
松浦が何か言いかけたようだが、青木の言葉にかき消されてよく聞こえなかった。
「え? そうかな」
言われてみれば、確かにちょっと茶色いぶつぶつが多い気がする。クッキーアイスにはもともとチョコチップが多いけれど――これは少しおかしい。
「ねえ、松浦……その抹茶アイス、ちょっと緑色が濃くない?」
松浦はなぜだか放心していて、人の話を聞いていない。ひたすらアイスを舐めている。
「なんか味もおかしい気がする。食べない方がいいよ、これ」
「長いこと放置されてたから、自販機が管理されてないのかも」
自販機は錆ついていて、アイスの味の種類も古いものが多かった。もともと人があまり来ない公園だ、アイスの入れ替えがされていないというのはあり得るかもしれない。今は冬だし、業者が管理をサボっているのかも。
「アイスには賞味期限がないって聞いたことありますけど……置かれている状態が悪いと、こうなってしまうのでしょうか」
岡崎さんが名残惜しそうに言って、食べかけのアイスをゴミ箱に捨てた。それに続いて、わたしと青木も自分のアイスを投げ捨てる。
「ほら、松浦も早く捨てないと……」
松浦は、いつのまにやら半分近くアイスを食べきっていた。
「ちょっと、話聞いてる? おなか壊すわよ」
「松浦先輩、大丈夫ですか?」
岡崎さんに声をかけられて、ようやく我に返ったようだ。
「あ、ああ……捨てるんだな。わかった」
何で放心していたのかは知らないが、わたしの声は聞こえないのに岡崎さんの声には反応するのか、この男。
「ケンカ売ってるのか!」
華麗に右ストレートを繰り出すわたし。松浦の頬にパンチが炸裂するが、いまいち手ごたえがない。しょんぼりとしていて、いつもの覇気がない。
「酒、飲もうか」
悄然とした松浦が、そう提案した。


「……そう、あの子が死んだ瞬間、二期第13話のBパート。あれこそが最終回だったんだ……それ以降の放送なんて放送事故みたいなものさ……」
ふふふ、と松浦先輩が力なく笑った。どうやら、彼は酒を飲むと愚痴っぽくなるらしい。
ひとつ、断っておこうと思う。今、この状況を地の文で記しているのはわたし、岡崎早苗だ。ここまでは貝瀬先輩が語り手だったのだが、ここから先は彼女には記述できない。僭越ながら、わたしが代筆させていただくことになった。
理由は簡単だ。
貝瀬先輩が――酔いつぶれているからである。
「いえーいめーっちゃ!ホーリデイ! うきうきななっつっきーぼうっ☆」
ノリノリで振付を完璧に再現する先輩を見ながら、わたしは息をのんだ。キャラが違いすぎる。ある意味、ものすごく破壊力のある酔いつぶれ方だ。一人カラオケボックス状態。
松浦先輩の愚痴もかなりのインパクトだが、貝瀬先輩の前ではかすんでしまう。
ていうか、今は冬です、先輩。
これでは、どちらが「松浦」先輩なのだかわからなくなってしまう。
「あの子は本当に天使だった……俺の天使だったんだ……」
ぶつぶつ言っている松浦先輩の隣では、
「そうだよね、天使だよね。元気出して」
青木先輩がいつもと同じ笑顔でにこにこしている。この人もかなりの量を飲んでいるはずなのだが、まったく顔色が変わらない。酔っているのかいないのか、よくわからない人だ。
ぶっちゃけて言えば、まあ、普段から酔っているようなものなのだが。
「あの、先輩方。もうあたりが真っ暗なので――ちょっと、静かにした方が」
わたしはそう諫めてみるのだが、誰も聞いちゃいない。松浦先輩は愚痴りつづけるし、貝瀬先輩はさらにフィーバー。もう一人は――あれ、どこだろう。青木先輩の姿がない。
「ねえ、岡崎さん」
いつのまにか背後にいた青木先輩が、わたしに一歩近づいて、こう言った。
「ブランコ、乗らない?」


「いやあ、あの二人は酔うと本当におもしろいねえ」
青木先輩はあくまで楽しそうに言った。子どものように、宙に浮かせた足をぶらぶらさせている。
「手がつけられない、の間違いでは……」
ブランコの鎖を軽く握ってみる。氷のように冷たい。これを平然と握ってブランコを大きくこぎはじめる青木先輩、実はこう見えてかなりの変人、なんじゃなかろうか。
「岡崎さんは、去年のクリスマス、何をしていた?」
唐突な問い。
「家族と過ごしました」
「そっか。ぼくはね、一人だったよ」
感情の感じられない声だった。彼の乗るブランコは大きく前へと動き始めていたので、表情も見えない。
「去年も、おととしも、ずーっと一人。だから、こういうにぎやかなクリスマスは初めてで、とっても楽しかったよ」
無害な笑顔で場をまとめる常識人――だと、思っていた。いつだって人の輪の中にいて、和やかな雰囲気のもとになる人。それが青木先輩だと考えていたし、実際、大学で会う青木先輩はそういう人だ。
「青木先輩は、あえて一人でいることを選んだのではないですか?」
「ん、そうかも」
わたしの意地悪な問いかけに、あっさりと肯定の返事を返す。相変わらず、飄々としていてつかめない。
「人を自分から遠ざけていたのはきっと、ぼくの方なんだ。そんなぼくが、どうして今こんなところにいるのか……実はよくわからない」
半ば独り言のような響き。「こんなところ」というのは今いるこの場所ではなく、「オンサ」そのものなのだろう。
しかし、大学のサークル活動なんて、そんなものではなかろうか。理由なんて特になくても、いつのまにか仲間になっていて、いつのまにか仲良くなっているものだ。
そこに理由を求めるなんて――無粋だ。
なんとなく集まって、なんとなく笑い合うための、仲間なのだから。
「なるほど、『なんとなく』かあ。岡崎さんって、頭がいいね」
その言葉は嫌みのように聞こえたが、たぶんわたしの気のせいだ。この人は嫌みなんて言わない。
彼の乗るブランコは、ギイ、と大きな音を立てて高みへと登っていく。ある程度まで上がり切ると、また降りてくる。不毛な振り子運動だ。何の生産性もない。
わたしたちのサークル活動も――そんな振り子運動のようなものなのかもしれない。
「先輩がブランコを好きだって言った理由、わかったような気がします」
わたしはそう言って、地面から勢いをつけて足を浮かせた。ブランコが動き出す。冷たい風を切り裂くようにブランコをこぐと、見える世界が変わったような気がした。
「ありがと、岡崎さん」
小声で笑いながら、彼がわたしの隣で勢いよく風を切っていた。
遠くの方で、愚痴る松浦先輩の声と、二曲目のイントロタイムに突入した貝瀬先輩の歌声が聞こえてくる。
たぶん、そろそろ日付が変わる。
クリスマスが、終わろうとしている。
わたしたちのこぐブランコは、見えない日付変更線を越えるのかもしれない。そう思うと、少しわくわくした。今日というこの日――わたしの見た世界は、美しかった。

081220
以上、新部員を加えてのクリスマスパーティの現場からお届けしました。
キャラクター崩壊が著しく進んでいる気がしますが、すべて気のせいです。