やきもち
「さて、開戦準備はオーケー? 大事なエロゲは全部リュックに詰めていくのよ」
「食糧もちゃんと持たないとね」
「食糧とエロゲと同人誌、そしてDVD……どれを重視すべきか超迷う!」
「どれが欠けても死活問題だからね」
青木と貝瀬がさっきから延々と妙な会話をしている。
何の話だか皆目わからないぼくは、ぽかーんと口を開けて二人の会話を聞いている。
「青木、わたしは男性向けエロゲを中心に詰めるから、あんたはボブゲをよろしくね」
「了解しました、隊長」
「あのさ、何の話してるんだ」
とうとう、堪えきれずにそう尋ねてしまった。
「予行練習よ!」と貝瀬。
「オタクと政治家の全面闘争が開始された未来を想像して、秋葉原に萌えオタがたてこもる事態をシミュレートしているんだよ」と青木。
「くっだらねえ……」
と、ぼくは思わず言ってしまった。子供のままごとの方が、もうちょっとましな設定だろう。
貝瀬は不服そうにぼくにデコピンする。
「なんなの!あんたヒラコー先生を馬鹿にしてるの!?」
「確かにヒラコーの漫画でそういうのあったけど、現実に起こるわけねーだろ!」
「今の状態だったらありえるのよ!」
貝瀬はわりと必死だった。うーん、やっぱり法律が変わると取り締まられるかもしれない側の人間は、必死になるもんなんだな。ぼくなんかには、そんなに気にするほどの法案だとは思えなかったりするんだけど。たぶん、ぼく自身は同人誌を描いてないから、他人事っぽく思えるのだ。
「ちなみにぼくは、こういうごっこ遊びが好きなだけだったりする」
「真顔で言うな、青木」
イケメンがキリリとしたいい顔で言う台詞とは思えない内容だ。学内の青木のファンたちに聞かせてやりたい。
本当に残念なタイプのイケメンだなあ。今更か。
「ごっこ遊びであろうと何であろうと、楽しければいいじゃない。松浦がそうやって水をさすから続きを思いつかなくなるのよ。このひとでなし!」
「これ以上ないほど理不尽な言いがかり!」
ひとでなし、はさすがに言いすぎであろうと思う。
「じゃあ、松浦も一緒にやればいいんじゃないかな。罪滅ぼし的な意味でさ」
青木はそんなことを言い始めるが、ぼくは頷かない。
「罪滅ぼしだろうがなんだろうが、ぼくはそんな子供みたいな遊びには興……あれ、なんか頭が痛い!?」
なんということでしょう!……貝瀬がぼくにヘッドロックをかましていた。
セリフを最後まで言わせてももらえないなんて。あまりにも自分がかわいそうだった。
貝瀬はひとしきりぼくの頭を締めあげてから青木の方に向き直る。
「いーもん!じゃあ青木、二人っきりで続きをしましょう」
「オーケー、隊長!」
いい笑顔で青木が敬礼した。
発作的に青木を殴りたくなったが、やめておいた。この男は多分、遊びたいだけだ。
「補給部隊に伝達! 敵がスポットBから侵入を開始しているわ」
「隊長、スポットKの部隊と連絡が取れません」
「くっ、やられたのね……彼らは名誉の戦死よ。全員その場で敬礼しなさい」
「隊長、今度は屋上から攻め入られています!」
「迎え撃つのよ! 相打ちになってでも全員を仕留める!」
よくわからないが、秋葉原部隊は負けかけている。戦況はよろしくないようだ。
わりと広い建物にたてこもっているみたいだ。兵の数はどの程度のものなのだろう。
……いかん、細かい設定が気になってきたぞ。
つーか、よく聞いていると貝瀬隊長を追い込んでいるのって青木じゃないか?
なんでそんなに隊長が絶望するような状況にしようとしているのだ、青木隊員。
「隊長! もうだめです!浸水しています!」
「頑張ってみんなで水を掻きだすのよ!」
「隊長! 山田が虫の息です」
「山田――!!!」
「隊長! 水がないので乾パンがのどに詰まります! すでに死者が一名!」
「全員、乾パンは食べないようにしなさい」
……青木隊員の台詞には突っ込みどころが多い気がする。どうやったら秋葉原で浸水するというのだ。
が、ぼくは参加しないと決めた手前、突っ込めない。
全力でボケられているのに突っ込みが入れられないつらさを知った。
頼む、突っ込ませてくれ。
そんなこんなで、無駄に盛り上がった物語は最終局面を迎えようとしている。
「隊長……ぼくはここまでのようです」
「あんたはこの戦いが終わったら嫁と結婚するんでしょう……死んだらディスプレイの中のあの子が悲しむわよ」
貝瀬、無駄に迫真の演技で泣き叫ぶ。
青木はぜえぜえと無駄に迫真の演技で息をする。
おまえら、その才能は別のところに生かせないのか。演劇部に入ればいいのに。
「あの子にこう伝えておいてください……ぼくが死んだら、遺品の同人誌は君にあげるって」
「青木、あなたの死は無駄にはしないわ……どれだけ兵力を削られようと、我々は勝つって決めたから」
「隊長……ぼく、実はあなたのこと、が……ガクッ」
「青木ぃー!!」
いやいやいや、おかしいだろ青木隊員。言ってることが毎回ぶれている。あと、『ガクッ』って口で言ってる。
「『数多の犠牲を生みはしたものの、わたしたちはなんとか勝利した……しかし戦いはこれで終わりではない。おそらく、この先も戦いは続く。わたしたちの戦いはこれからなのだ。この、誇りを守るための苛烈な戦いは……fin』」
「かっこよく締めくくるな!」
物語が終わったようなので、突っ込みを入れさせていただいた。
「いい話だったわね……」
貝瀬はちょっと感慨深げに言った。青木も頷いているが、どこらへんがいい話だったというんだ。
「おまえらの部隊、なんで陸地で浸水したりいきなり隊長に告白したりしてるんだよ!!」
「近未来の秋葉原は政府の陰謀で完全に水没した海の街なのよ」
「青木隊員は二次元の恋人への想いと隊長のそばにいたいという願い、その両方を抱えて日々悩みながら戦いに挑んでいるんだよ」
「それっぽい設定を後付けするな!」
ちっちっ、と貝瀬が指を振る。
「設定なんて後から考えればいいんです。偉い人にはそれがわからんのです」
「足なんて飾りです、みたいな言い方をするな」
ぼくの文句をスルーし、貝瀬と青木は顔を見合せて笑った。
「それにしても、今日のは特に楽しかったわね!」
今日の『は』、ということは、ぼくがいないときはいつもこういう遊びをしているのか……
ちょっと、この二人の将来が心配になった。
「やっぱりピンチになればなるほど燃えるね」
と青木が言う。いや、おまえは自分からすすんでピンチになりすぎだから。
トラブルを巻き起こしてたのはほぼ青木隊員だけじゃないか。最後、勝手に死んだし。
「二次元の理想的な異性と三次元の身近な異性、結局どちらの方が大切なのか……そんな重いテーマも垣間見えたわね」
「まったく垣間見えねえ!」
貝瀬はオーバーな動作でため息をついてみせた。
「松浦にはこの壮大なロマンがわからないみたいね」
「こういう大人にはなりたくないよね」
青木が珍しく辛辣なことを言った。
思っていたよりかなり本気でこの遊びが好きらしい。こいつ、たぶんぼくにバカにされてちょっと怒り気味だ。
「いや、おまえらが楽しいならそれでいいんだけどさ」
ぼくは引き下がることにした。本気の青木を敵に回すのは恐ろしいからだ。
ぶっちゃけ、ぼくは、自分だけ仲間はずれにされたことがおもしろくないだけなのかもしれないな、とも思う。
青木と貝瀬は共通の趣味もあるし、こういう遊びでたびたび盛り上がっていて、わりとお似合い、で。
それがただ、なんとなく、おもしろくない。
……という風に書くと、ぼくが一人で嫉妬しているみたいだ。
もしかすると、そうなのかもしれない。自分でもよくわからない。
「……今度、ぼくも混ぜてくれよ」
ぼくは勇気を出して、そう言ってみた。
いいよー、と軽く答える二人の声が重なって、少しほっとする。
「ただし、松浦は下っ端の歩兵よ。わたしたちのために特攻して死ぬ役よ」
「どうせ最終的にみんな死ぬだろうが。青木隊員は妙に死にたがってるし」
「名誉の戦死は男のロマンだよ」
「全員死んでも、隊長だけは生き残ります。気合いで」
「隊長死ね!!」
そんな軽口をたたきながら、ぼくは想像する。
信じる正義のために戦う軍隊。
貝瀬が隊長で、青木とぼくが隊員で、そしてぼくは貝瀬のために戦って死ぬ。
死の間際には無線で隊長が泣いてくれて、
それってけっこう理想的なシチュエーションかもしれない、なんて。
うーん、青木の気持ち、ちょっとわかったかもしれない。
バカな考えを頭から追い払って、ぼくは笑いなおす。
突撃する歩兵の気持ち、次までに考えておかなくては。
100325
「例の法案反対!」っていう話にしようと思ったんですが、特に関係のない掛け合いになりました。
岡崎が入部するより前の話っぽい。
ごっこ遊びはオタクの夢だと信じてやみません。