【 ダウンロード 】
「けしからないわ」
と、今日も唐突に貝瀬はよくわからない日本語を繰り出す。
「何がけしからないんだよ。というか、けしからないって言うか?普通」
「ちょっと聞いてくれる?」
貝瀬はフォークで弁当のミニハンバーグを突きさしながら、
「オフ友のコスプレイヤーさんがね、すっごく偉い人なの。好きなアニメのDVDは全部買うし、テーマ曲CDも買うし、原作も全部そろえてる。ただ、文章を読むのが苦手みたいで、ライトノベル原作アニメの原作はスルーみたいなんだけど」
「で、それの何がけしからないんだ」
ぼくはそう言って、うどんを啜った。まだ昼休みは始まったばかり。食堂は徐々に混みはじめているが、ぼくら二人は、のんびりと昼食タイムである。貝瀬の長い話を聞くのは久々かもしれない。
貝瀬は少しの間、黙ってハンバーグを咀嚼した。
「そもそも、DVDもCDも、買って当然のものじゃない。DVDは本放送を録画してたらいらないかもしれないけど、CDと原作は基本的にお金を払って楽しませていただくという謙虚な姿勢があったはず。なのに、ここ最近ときたら、違法ダウンロードが当然のようにまかり通り、見てもいないのにネットで知識を蓄えて会話に参加する自称ファンとか、友達に借りただけ、立ち読みしただけ、レンタル漫画屋で借りただけ、YOUTUBEで聞いただけ……そんなのばっかり。ちゃんと買ってる人の方が少ないってどういうことよ。おかしいでしょ。そのコスプレイヤーさんは、違法サイトの存在すら知らないみたいで、わたしは彼女の『全部買う』という姿勢の原始的美しさにちょっと感動したわけ」
「違法サイトは規制できても、レンタルと立ち読みは規制できないだろう」
ぼくは、当たり障りのない合いの手を入れた。
「そこよ。規制されないとやめられないなんて、その精神こそ性根が腐ってる。レンタルはまだお金を払っているから許容できるとしても、立ち読みで全部のページを読むのは万引きと一緒よ!個人的には図書館も同じ!」
「家に物を置きたくないっていう奴もいるんじゃないのか?」
「置きたくないなら買ってすぐに売ればいいの! 中古市場が潤いすぎると新品が売れなくなるけど、でもファンを名乗っておきながら買わないという選択肢は絶対に選びたくないっていうか、それはもうファンじゃない!寄生虫!」
寄生虫という単語を聞いて、背後でラーメンを食べている女がびっくりして貝瀬の方を見た。まったくもって、貝瀬の暴言は空気を読まない。ぼくとしては、『帰省中』という単語だと思ってくれることを期待するしかない。
「気持ちはわかるが、そんなこと考えてるのはオタクだけだよな」
「お布施の精神はオタク独自の文化かもしれないけど、リア充が好きな人にプレゼントあげるのと、オタクが好きなジャンルに貢ぐのって同じことでしょ。ジャンルは人を嫌いにはならないからって、お金を出さなくていいことにはならない」
「金をもらわないと食っていけなくなるクリエイターにとっては、金出さない奴は憎いかもな」
と言いつつ、ぼくはお茶を飲んだ。貝瀬のテンションが熱すぎて、徐々にどうでもよくなってくる。貝瀬もたぶん、同意されたいというよりも愚痴りたいのだろう。黙って静観することにした。
「なんでもかんでも世の中のせいにする奴もいるけど、これに限っては個人の自制心のなさと、お布施の大切さという精神が薄れていることが原因のような気がする」
「どうすれば解決するんだろうな」
できるだけ貝瀬がクールダウンするように、具体的な方向に話を向けてみる。
「わたしはね、みんな同人誌をつくればいいと思います」
……思いもよらない方向に話が飛んだので、ぼくは一瞬静止した。
「それは、原作への愛を実感できるから、みたいな意味でか?」
「もっと根源的な意味。松浦は本作ってないから知らないかもしれないけど、同人誌って、数百部を超えるメジャーサークルじゃなければ基本的に赤字なのよ。少なくとも、得をするようにはできてない。でも、どれだけ赤字になろうと、景気が悪くなろうと、同人誌サークルはなくならない。それは、赤字になった分だけ、愛で補ってるからだと思うのよね。そして、それを買う側も、中古じゃなくて会場で、定価で買うわけ。そこには作る側と読む側の目に見えるつながりがあって、これこそが同人活動の要なの。みんな、作る側の金銭的苦労と、報われたときの嬉しさを認識するようになれば、たぶん違法サイトでアニメを見るとか、そういうの、減ると思うのよね。まあ、気の長い話だけど」
本当に気の長い話だった。というか、ぼくみたいな創作から遠いオタクにとって、同人誌をつくる、というのは夢物語に近い。しかし、夢物語だからこそ、語られて伝えられることに意味があるのかも、とか考えてしまう程度には、ぼくは彼女に毒されているのだった。
貝瀬の方を見ると、話し終えて満足したらしく、少し目が細くなっている。放っておくと眠ってしまいそうなその顔を見つつ、幸せな昼休みだなあと、ぼくは一人、馬鹿みたいに確認していた。
ただし、この話には悲しいオチがついてくる。
貝瀬が「偉い人」として語った知り合いのコスプレイヤーが、実は自分では金を稼がないで親の金でグッズを買っている半ニートであることが判明し、貝瀬は彼女への憧れを喪失したのだ。さらに、その人物はなかなかに香ばしい属性をいろいろ持っており、「キャラクターをけなすために声優をけなす」、「男性同士のカップリングしか認めず、女性キャラはない者として扱う」など、貝瀬のオタク的主義と相いれない部分が多すぎたため、徐々に疎遠になったという。
オタクというのは自己の主義を守り通すために全力で生きる人間を指す単語であり、主義を守るためには人間関係を犠牲にしなければならないこともある。ぼくはそこまで極端に他人を排したことはないが、オンサに籠城している時点で、オタクとして何かを守りたいと思っているのは貝瀬と同じだ。まあ、一緒に生きてくれる仲間が、一緒に作品を楽しめる誰かがそこにいるのであれば、ぼくらは生きていける。オタクというのは、そんな現金な生き物なのだった。
110618
違法ダウンロードに関する問題を消化したくて、けっこう前に書いた話です。貝瀬は極端な排他主義者ですが、それゆえに同胞にはめちゃくちゃ優しいのであった。