サイコロを振る。3が出れば大金持ち。4が出たら振り出しに戻る。5が出たら子供が一人増える。板をひっくり返せば全部終わって人生リセット。終了だ。
 人生はゲームじゃない。けれどゲーム性はある。ボードゲームのように、見えないサイコロを振って、見えない場所へやみくもに突き進むのが、わたしにとっての人生だった。どれだけサイコロを振りたくなくても、振らなくちゃいけないときもある。マスに書かれたことを実行しなきゃいけないこともある。
 さて、とりあえず、今――わたしの駒はボードから転がり落ちて、拾いあげられたところらしい。


――何が何だか分からない。
 最初はそう思ったが、どうやらわたしのことを覚えている人と、覚えていない人がいるらしい。
 ある人は「どこかで見たことがあるけれど思い出せない」と言う。
 またある人は、「なぜだかわからないが名前だけは知っている」と言う。
 みんな、かつてわたしが生きていたときに、友人だった人たちだ。
 わたしはこの世界では生きていない。何かの理由で、死んだのだ。でも、その『死んだ』という事実が中途半端に打ち消されて、こんな奇妙な状況が作り出されてしまったらしい。中途半端な認識しか持っていないのはわたし自身も同じことで、「人生を一度やめてから、なぜかもう一度やり直している」という認識しかない。なぜ死んだのか、なぜまたやり直しているのか、という重要な部分はまったく思い出せない。
 ただ、同じ学年で、同じ名前で――終わったはずの時間を、もう一度繰り返している。誰に教えられたわけでもないが、それだけはなぜか「わかる」のだ。
 今、わたしのクラスは修学旅行で神戸に行くところだ。バスに乗ったクラスメイト達が、それぞれのグループに分かれてわいわい騒いでいる。
「ねーねー、」
とわたしの前に座った友人が言う。
「西尾維新の『化物語』っておもしろい?」
彼女はライトノベルが好きだ。たまにこうして、本のことについて情報交換する。
「上巻はイマイチだけど、下巻はそこそこおもしろいかな。あと、続編の方が面白いかも。『傷物語』」
わたしはそう答えた。
「ふーん、ありがとん」
頷いた彼女は、手元にある文庫本に視線を戻した。カバーがかけてあり、タイトルは見えない。


 自由行動が始まったのはいいが、店でぼんやりとしていたら班からはぐれてしまった。まあ、『自由行動』なのだから、無理に班に戻る必要もないだろう。そう考えていると、
「おっす」
と誰かが肩をたたいた。振り向く。細身の中年男性。うちの学校の、数学の教師だ。髪の毛はかなり薄いが、浅黒い顔はそこそこ美形だ。
 わたしがこの学校に転入することになったとき、いろいろと気を使ってくれた人だった。……まあ、今はどこまで覚えられているのかわからないのだけれど。
「一人か?」
「はい、一人です」
二人で並んで道を歩く。ふと、彼に質問したくなった。
「先生は、わたしのこと覚えてますか」
「覚えてるよ」
特に怪訝そうにもせず、邪険にもせず、彼は淡々と答えた。
「それはどうしてですか」
「さあ」
「先生、たぶん信じられないと思いますけど――」
わたし、一度死んだんですよ。
 今は、やり直ししてるところなんです。
 人生は、ゲームみたいにリセットできちゃうんです。
 全部なかったことにして、セーブポイントから、やり直せるんです。
 すべて言ってしまおうかと思った。
 けれど。
「――やっぱり、いいです」
土壇場で、言うのをやめた。この人なら、打ち明ければ全部わかってくれるだろう。信じてくれるだろう。信じた上で笑いかけてくれるだろう。
 でも、言わないでおくことにした。心配をかけたくないとかそんな殊勝な理由ではなく、単に説明が長くなってしまいそうで面倒だったのだ。
「そうか」
先生は煙草の煙を吐きながら、わたしの隣をゆっくりと歩いている。
 やり直しの人生。途中から半端にコンティニューした人生。
 これからわたしは、どこへ向かっていくのだろう。
 きっと、やり直す前と全く変わらない人生が、この先には在る。サイコロを振って進む、このルールからは逃れられない。絶対にだ。
 わたしと先生の歩く道の横では、澄んだ色の川がさらさらと流れている。
 旅館に戻ったら、女将さん特製のプリンが食べられるらしい。そのことを唐突に思いだして、わたしは少し笑った。




090217

暇だったので見た夢を文章に起こしてみた。
この設定(人生やり直し)どっかで使えないかなー、と思ったけど無理だった