少年は、空を見上げた。雲ばかりで先が見渡せない空。雲の向こうに、どんな不吉なものが潜んでいても、誰も気づかない。
しかし、彼だけは知っている。
これから先、この世界に何が起こるのかを。
少年は、すべて見通してきた。
今までも、これからも、過去も未来も、すべて知っている。
自分のことも、知人のことも、家族のことも、知らない誰かのことも――
知っているからと言って、彼の人生に何か特別なことが生じたことはない。
未来を知っているからといって、未来を変えようとしたことは一度もない。
ただ、『普通』のふりをして生きてきた。義務のようなものを感じながら。
世界がどうなっても、彼は干渉しない。すべてを見通す代わりに、彼は無意識のうちにそう約束していた。
誰が死んでも、誰が傷ついても、誰が不幸になっても……彼は干渉しなかった。
一人の預言者として、超常のものとして――彼はその一線を決して超えなかった。
これから起きることにも、彼は干渉しない。干渉できるかどうかなど関係なく、彼は最初からそうすることを選ばない。そういう生き方をしてきた。
少年はふと、この町の人々のことを考える。
夢想の恋人と遊びながら死に絶えた男がいる。彼は一人の少女を愛したが、愛よりも夢を取った。現実の厳しさよりも夢想の優しさを。現実の痛みよりも、妄想の甘美さを愛した。
恋人を殴り殺して、その屍と暮らす男がいる。恋の終わりに耐えきれず、その恋を永遠にしたかった彼は、終わりながら生きつづける。屍が腐り果てようとも、彼の恋愛は終わらない。
妹を愛しながら、その愛に悩む男がいる。妹を愛することと、妹を傷つけることのはざまで悩みながら、しかし別の逃げ道を見つけることが出来た彼は、今のところ幸せに生きている。
憧れの人を失って、それでも生きて行こうとする少女がいる。憧憬は憧憬でしかないけれど、時に愛欲よりも美しく純粋だ。
一人ひとりの人生はとても重く、誰もが必死に自分の人生を生き抜いていく。その過程にどんな悲劇があっても、彼らは立ち止まらない。そのことは、とても尊いことだと少年は知っている。
しかし、彼らがどんな人生を送ろうとも、そんなことには関係なく、終わりは訪れる。
そのことも少年はとっくに知りえている。
だからこそ、ため息をつかずにはいられない。
どんな恋も、どんな愛も、破滅の前では無力であることなど、誰も知らない。
もうすぐ、世界は滅ぶ。
あの雲の向こうから、不吉が落ちてくる。
この世界で、少年だけがそれを知っている。
少年は滅亡の風景を知ってなお、ただ雲を見上げるだけで、何も言わない――
100908