第二部 八郷美都 伴が死んで一週間経った。わたしは学校を休んだ。わたしは部屋から一歩も出なかった。わたしは抜け殻だった。伴はカッターナイフで手首を切り裂きながら学校の屋上からダイブして死んだ。物静かで死んでいるようだった伴からは想像できない死に方だった。伴は夜に死んだ。暗い学校の屋上に一人で立っている伴の姿は神々しくて素敵だった。伴は、自分の死の儀式にわたしともう一人知らない男を呼んだ。わたしたちは二人で真っ暗な校庭に立ち、飛び降りる伴をただ見ていた。ただ見ている以外のことなんてできるはずもなかった。男の方は知らないけれど、わたしは伴が死ぬのを邪魔する気なんてなかったから。わたしの偶像。わたしの美学。わたしの伴。伴がすることは全部美しくて輝いていた。伴はわたしにとって絶対だった。伴が死を選んだのだから、わたしなんかがそれを止めていいはずない。 そのときのことは今でも鮮明に思い出せる。カッターナイフを振り上げる伴。空いている左腕を右腕に合わすように上げ、思い切り切り裂く伴。同時に、ありったけの力で地を蹴って空に飛び出し、わたしたちの元へ舞い降りた、伴。伴の死体は顔が半分つぶれていたけれど、伴が美しいことに変わりなんかなかった。わたしの、神々しくて綺麗で大好きな伴の死骸。わたしはそれを見て涙をこぼした。多分、わたしはこの世に生まれたとき以来涙を流していなかったのだと思う。とてもとても懐かしくて、また涙が出た。 「伴」 わたしは涙声で、ぐちゃぐちゃの伴の死骸にこう告げた。 「だいすき」 そうだ。わたしは伴が好きだ。伴はわたしの全てで、神だ。わたしの世界の一つ一つを創り出して命を与えてくれた創造神だ。伴はもう一人のわたしだ。だって、伴はわたしが伴と同じだと言ってくれた。伴。ほんとはわたしも連れてってほしかったんだよ。でも伴はそれを望まなかったから、わたしは我慢する。伴の美学や価値観にわたしは口出ししない。伴はわたしにとって唯一の絶対。信じられるのは伴だけ。その伴が今、永遠になった。わたしの信じられるものは、わたしの記憶の中にしかなくなった。きっと、わたしの中の伴は年が経つにつれて消えていくだろう。わたしは必死になって伴を思い出そうとして、勝手に綺麗なだけの偽者の伴を捏造してしまう。伴はそんなわたしをどんな風に見るだろう? 伴はこんなわたしを好きだっただろうか? ただひたすらに、伴のことだけを、今、わたしは思うよ。だから、伴もわたしを愛してよ。愛情を押し付けてごめんね。でもわたしにとって伴は一人しかいないの。伴だけが世界の全てだったの。伴にとってのわたしは何? それだけ、教えてくれたっていいじゃない。わたしにとってただ一人の大切な人。わたしの世界はあなたとあなた以外のその他大勢でできていました。あなたにとっての世界は何でできていましたか、伴。 わたしの心の中はぐちゃぐちゃでめちゃくちゃで支離滅裂で汚かった。必死に冷静になろうとして、逆にどうしたらいいかわからなくて焦った。でも、伴の世界が何でできていたかは少し考えればすぐにわかった。今、ここには二人の人間がいるじゃないか。伴にとっての世界は、わたしと、ここにいる見知らぬ男と、そしてその他大勢でできていたに違いない。わたしはそれに気づいて、伴の死体をわたしと同じようにまじまじと見つめている若い男の顔を見つめる。彼はそれに気づいたのかこう云った。 「君は、誰ですか」 澄んだ声だった。世の中の汚いものを何も知らないような、聖者の声だった。 吐き気がした。一番嫌いなタイプだと、わたしの直感が警笛を鳴らす。 「ベル。本名はりよこって云うんだけど、伴はベルって呼んでた」 あえて伴は、という部分にアクセントを置く。挑発的なわたしの返答を聞いて男は微笑む。 「僕は美都。伴君はいつも美都、と呼んでいました」 「あなたは伴の何」 わたしは詰問した。伴の何――云ってみて、それは酷く直接的で横暴な言い方だと思った。 男は目を伏せた。気まずそうに、もしくは、恥らうように。 「従兄弟で、家庭教師で、――恋人、でした」 ――恋人。 わたしは何も云えなくなった。 少なくとも伴に恋人がいるなんて知らなかったし、伴にそんなのは似合わない。 従兄弟で、恋人。おそらくは、この世で最も近しい存在に違いない。 伴にとって、わたしは、この男以下だったのだろうか。 頭ががんがんした。 伴、わたしとこの優男、どっちが大事だった? 伴が生きていたらそう尋ねたかった。 「あなたは、伴君の、何ですか」 彼はわたしが放心しているのに気づいているのかいないのか、わたしの質問をそのまま返した。 わたしはこの質問にどう答えたものか迷った。 「わたしにとって、伴は親友だった。唯一無二の」 口に出してみて後悔した。 親友。 わたしと伴はそんな甘っちょろくて気持ち悪い響きのする言葉で繋がっていたのだろうか。何か違う。でも、そうとしか云いようがなかった。わたしは悔しくて、また泣いた。 男――美都はわたしに無言で自分のハンカチを渡した。わたしは涙を拭った。ハンカチは清潔で、ぱりっとしていて、少しだけ嗅ぎなれない男の人の匂いがした。わたしは伴の「唯一」になれなかったことがすごく悔しかった。わたしには伴しかいなかったのに、伴には恋人がいた。なんだか裏切られたような気分だった。 美都は「とりあえず警察を」と云って携帯電話を取り出した。抑揚のない声だった。わたしは黙って彼の動作を見ていた。伴はこの人の何処が好きだったのかな、とぼんやりかんがえながら。 警察が来てもわたしは必要なことだけを機械のように反復しただけだった。細かい状況説明は美都が全てやってくれた。気づいたらわたしは美都と帰途に着いていた。美都はもう遅い時間だからと前置きして、わたしを家まで送った。やっぱりいけすかない男だと思った。 わたしの家の前で、 「じゃあ、ここで」 と云って右手を挙げてみせた美都にわたしはこう云った。 「あんたなんか嫌い」 美都はただ、そう、と頷いて背を向ける。そのリアクションがまたわたしの神経を逆撫でした。都合の悪い言葉は聞き流すの? 偽善的に上辺だけ笑って。ロボットのようにプログラムされた、メタ化した人間。彼の人間関係はそういう風にできているに違いなかった。友達ではなく、メタ化した『友達』。恋人だった伴だって、本当に心の底から愛してなんていなかったんじゃないの? ……そこまで思考してわたしは、自分の言葉が八つ当たりだったのに気づいた。美都に嫉妬していたから。丁度、彼がそこにいたから。理由はどうとでもつけられる。わたしは、美都に汚い罵りの言葉を押し付けることで、伴が死んだことを享受できない自分を責めていた。伴の死を、今まで他の誰かが死んだときのように無表情で受け入れるなんて、無理なんだ。わたしにはできない。 わたしってなんでこんなに汚い人間なんだろう。見知らぬ他人に八つ当たるなんて最低だ。 伴は、あんなに綺麗だったのに。死んでも、伴は伴のままだったのに。 小学校は義務教育だから、いくらわたしが伴の死によって登校拒否をしようが、成績が壊滅的に悪かろうが、中学校には行くことができる。伴が死んで、一年以上もの間家でひきこもり同然の生活を送っていたわたしの卒業式は、いつのまにか、行かないうちに終わっていた。卒業式だけでも来ませんか、などという無責任な電話が担任からかかってきたらしいが、わたしは無視した。 しかし、それから数日後――わたしの元へ思わぬ来客があった。 「りよこ」 母さんがドアをノックした。わたしの部屋は、あの日以来、現実から目を背けるための逃避の材料で埋もれていた。漫画。雑誌。テレビゲーム。お菓子。そしてそれらの残骸。部屋の風景だけとっても、立派すぎるほどのひきこもりだ。 「何」 「お客さんよ」 「追い返して」 誰か、なんて確かめる必要はないと思った。わたしの中で、伴以外の人間は全部その他大勢なのだから。 大体、来る人間なんて決まっていた。クラスのやつか、担任。小学生という肩書きから解放された春休みに担任が来たりするのはおかしいから、またおせっかいな斉藤が来たのかもしれないと思った。斉藤は意外と律儀で、わたしが学校をサボり始めてからずっと、ノートのコピーをわたしの家に持ってきてくれていた。家が近いですからと前置きしていたが、その言葉は嘘だとわたしは知っていた。斉藤の家は学校をはさんで反対方向だ。歩いて四十分はかかるだろう。 斉藤のとったノートはとても丁寧に書かれていて、彼の性格がそのまま出ている気がした。さすがじゃん、メガネ斉藤。そうわたしは感心した。彼がそこまでしてくれるのは、もしかしたらわたしのことが好きだったからなのかもしれないけれど、斉藤の好意をそんな風に解釈したくなくて、わたしはそのことについてはあえて考えなかった。 母さんは、斉藤君じゃないわよ、と前置きした。 「大人の男の人よ。ヤサトミトさん、っておっしゃってるわ」 ヤサト――ミト。 美都。そうそうある名前ではない――そう気づいてわたしはばねのように飛び上がった。しばらく動かしていなかった筋肉が軋む。 「行く。今すぐ行く!」 美都が、伴の恋人が、今更、わたしに何の用だっていうんだ? でも、無視することはできなかった。わたしの知らないところで、伴と繋がっていた人だからだ。伴にとっての大切な人だったはずの人だからだ。 「りよこさん」 彼は客間でお茶を啜っていた。その上品な啜り方がまた、鼻につく。 やっぱりこいつ、嫌いだ。そう再確認する。 「何の用」 「登校拒否、していたそうですね」 「てめえに関係ねえよ」 わたしは声を荒げる。美都――この人にはそれを云われたくなかった。綺麗なものだけを知っているような顔をして生きてるこの人にだけは、わたしの汚いところを見られたくなかった。 「関係あるんですよ、りよこさん」 諭すように云う。わたしはその云い方にまた、反発する。 「何故」 「僕はこういう者です」 彼は名刺を出した。奪い取って読む。 「『三京中学校教師・八郷美都』……だって……」 三京中学校――それはこれからわたしが行くはずの中学校だ。無論、行く気なんかないのだが。 わたしの校区である中学の教師。そして、わたしの登校拒否に関係ある、ということは。 わたしはその紙切れを握りつぶす。嫌な予感。それも最高レベルの。 「まさか」 「僕は君の担任を申し出ました」 「そんなの、希望してできるもんじゃねえだろ」 「さあ、わかりませんよ。あなたを更生できるのは僕だけだと校長に豪語してみせました」 すごんでみせるわたしに、しれっと、そんなことを云った。 堂々とそう云えるくらいだから、校長からの信頼も、教師としての実力も十分にあるのだろう。 最悪の展開だ。 「あたしは行かない」 云い切った。わたしは、学校に行くとか行かないとかいうことなんか見ていない。 わたしは、伴がいない今、生きていく理由や指標がない今、生きるか死ぬかをずっと考えているのだ。学校なんて眼中にない。 死ぬ勇気がなくて、ずっとこうして生きながらえているけれど、わたしは伴が死んでからそれしか考えていない。 「あなたは来る、絶対に」 八郷美都は自信たっぷりに断言した。 「行かない」 「……伴君の遺書が読めるとしても?」 わたしははっとして美都を見た。美都は笑っていた。今までのような偽善に満ちた作り笑いではなく、わたしを動揺させた勝利に浸っているのだ。やはり、こいつは――ただ者じゃない。少なくともただの聖人じゃない。よくよく考えれば、あの伴の『恋人』だというのだから、それなりに曲者であるはずだ。 「そんなもの、あるのかよ」 「彼女の部屋にあったパソコンには、パスワードがかけられたデータがありました」 美都は淡々と語り始めた。伴の部屋にすら入ったことのないわたしは、差を見せ付けられたようで悔しい。 「彼女の死後、僕はそのパスワードの先に何かがあるような気がして、必死になってパスを考えました」 「強行突破みたいなの、できないの」 「彼女がそんなに迂闊だと思いますか」 あくまで淡々と、否定された。受け流すように。 確かに、伴は頭が良かった。機械にも強かったし、伴が本気になれば、強固なパスをパソコンにかけることぐらいできるだろう。 「正直、もう駄目かと思っていたある日、僕はふと思いついて、ある単語を入れてみました。そうしたら、解けたんですよ」 「その、単語は?」 美都は嘲笑したようだった。 ただの笑顔ともとれたのだけれど、なんとなく、片方の唇の端を吊り上げたその表情には悪意があったから、わたしはそう思った。 「bell、ですよ」 bell――ベル。 その名前を聞いたのは久しぶりだった。 「わたしの、名前」 驚いた。そして、嬉しかった。 自分が、自然と笑顔になっているのがわかる。伴がわたしを大切に思っていてくれた証のような気がして。 「で、その、データの中身は?」 わたしは身を乗り出した。早く知りたい。伴がわたしたちに遺した言葉。 それが、わたしに不幸をもたらすものであったとしても。 知りたい――わたしは心の底からそう渇望した。 美都は――期待に満ちたわたしの眼から、す、と目をそらした。 「ありません」 「な、ない?」 ここまで期待させといてそりゃあねえだろ。脱力したが、その感情はだんだん、怒りに変わる。 「ないってどういうことなんだよッ」 怒鳴る。「りよこ、大人の方に向かってなんていう口きくの!」と言う声が台所の方から聞こえるが、無視する。 「言葉通りの意味です。菊本伴が遺したファイルはこの世にはもうありません」 「なんなんだよそれ! どういうことなのか説明しろよ!」 怒鳴る。わたしは怒鳴ることしかできない。 それこそ、怒鳴るのをやめたら、泣き出してしまいそうだからだ。 美都はあくまで冷静に答える。 「伴君は、そのファイルが開いたら五分後に自動的に消去されるようにプログラムしていたのですよ。必要な人に、必要なことを伝え、部外者に見られないようにするためにね」 「必要な人、って、誰だよ」 わたしは落ち着くよう自分に命じる。怒鳴るな。叫ぶな。そして、泣くな。 「僕は彼女の全てを知っていたわけではないので、断言はできません」 優等生の答えだった。確実でないことは決して断言しない。安全圏からは絶対に外に出ない。迂闊なことは口に出さずに黙れ。 わたしはそういう態度が大嫌いだ。不確実だから言わない。そんなのは卑怯な自己保全にすぎない。結局あんたは伴のことよりも自分がかわいいんじゃねえのかよ。そう啖呵を切りかけてやめた。 自分が正しいと思っている優等生に何を言ったって理解されないことをわたしは知っていた。 自らを偽善者だとわかりながらなお偽善を続ける人間は一握りしかいない。残りは全員、自分が正義だと確信して偽善を行うのだ。模造された『正義』の押し売り。一人一人がそれぞれに、自分が正しいと主張しながら善行を行う。歪な凸凹を持つ各々の正義がぶつかる。その凸凹がぴったりと調和しなかったとき、正義と正義の間に不協和音が生じる。けんか、戦争、一方的かつ圧倒的暴力。反吐が出る。わたしは偽善こそが一番の悪ではないかとときどき思う。自分勝手な正義がなければ戦争は起こらない。そして正義とか善とかいうものは、結局すべて自分勝手なのだ。悪が自分勝手なのと同じくらいに。 わたしは黙っていた。この男とわたしは違いすぎて、共通項といえば伴だけ。わかりあうのも馴れ合うのもごめんだ。本気でそう、思った。 「……断言はしませんが、僕と、りよこさんは、間違いなくその『必要な人』なんじゃないでしょうか」 しばらくたって美都が付け加えた。美都なんかと一緒にされたくなかったけれど、やっぱりちょっと嬉しかった。 わたしはベッドに横になってぼんやりと考えていた。勿論伴のことを。魂ごと執着して愛した伴のことを。 帰り際に、落ち着き払った表情で美都が宣告した声が、まだ脳内で反響している。 「今。伴君の遺書の内容を知っているのは僕だけです。そしてこれから知る可能性のあるのは――」 にっ、と哀れむように口を閉じたまま笑って。 「りよこさん、あなただけなんですよ」 その取引の意味をわたしは知っていた。わかりすぎるくらいにわかっていた。 伴の遺書の内容を教える代わりに新学期から中学校へ通え。 伴の最期の気持ちを教える代わりに伴のことを振り切って前に進め。 わたしの世界の基準は伴。伴のためなら学校へだって行こう。学校に行きたくないから学校を休んでいるわけじゃない。 でも――本物の遺言を教えてもらえるかどうかすらあやふやだというのに、あの得たいの知れない男に従うなんてごめんだとわたしは思っていた。否、パスの話、ファイルがデリートされた話、さらには遺書の存在すら、美都の作り話かもしれない。そうでないなんて保証はない。もし遺書が存在しないなら、美都の奴隷のように命令を聞いて馬鹿みたいに学校へなんか行ってられない。そんな無様なマネするくらいなら死んだほうがいい。 だからといって美都の言葉を全て無視してしまったら。 もう、伴の真意を知ることは二度とできなくなってしまう。 伴は今よりももっとずっと遠くへ行ってしまう。時が経てば経つほど。 それだけは、どうしても避けたかった。 仕方がない――決めた。美都の言うとおりにしよう。いや、してやろう。だけど美都の思い通りにはならない。逆に利用してやる。それぐらいの気持ちで戦おうじゃないか。 「わかった。学校、行くよ」 わたしは挑むようにそう云い切った。にやりと美都が笑った、その悪魔的な笑みをわたしは一生忘れないだろう。 新学期の始まる日。わたしは校門に立っていた。新品の制服を着、晴れやかな笑顔を顔に貼り付けた生徒たちの群れの中で、わたしはぼんやりと直立していた。 「りよこさん、来てくれたんですね」 背後から声がした。自分から来るように仕向けておいて、そんなことを言うなんて白々しいな、と思いながら振り返る。 ぴしっとした黒いスーツを着て、すらりと背の高い、細めの男――八郷美都が立っていた。 「伴の遺書の内容……本当に教えてくれるのかよ、美都」 「学校では美都ではなく八郷先生と呼んだほうがいいですよ。……いらない誤解を生みたくないでしょうしね」 いけすかない笑いを浮かべながら、美都が言う。仕方なく言い直す。 「八郷先生。菊本伴さんの遺書の内容を教えていただけるんですか」 「ええ。約束は破りませんよ」 「本当に?」 「本当に」 言われれば言われるほど心配になる。が、今ここでつっかかってもかえって話がこじれるだけで解決にならないだろう、そう断定してわたしは美都に背を向けて体育館に向かった。 体育館にて入学式が始まり、わたしたち新入生は、壇上で校長が長々と話したり、美都を含む一年生担任の紹介をしたりするのを適当に聞き流していた。こういうのを予定調和というのだろうか、美都は確かにわたしのクラスの担任だった。それが発覚したときわたしは軽く舌打ちをした。全ては美都の思い通りに進んでいる――それが酷く気に食わなかった。 伴なら。 伴ならどうするだろう、とわたしは困ったとき、どうしようもなくやりきれないとき、いつも思う。美都を脅してでも遺言を手に入れるだろうか。そもそも亡くなった人間の遺言に固執したりしないだろうか。美都の言葉なんて無視して、何もなかったように振舞えるだろうか。 伴だったらどう思うか――それを考えるとき、最終的に、伴の気持ちを全く理解できていなかったわたしにたどり着いて、哀しくなる。 あれだけ近くにいたのに。 一緒に過ごしたはずなのに。 どうして、わからないのだろう。伴の気持ちが。伴の行動が。 わたしがわかろうとしなかったからだろうか。わたしがちゃんと伴と向かい合っていなかったのだろうか。そういう後悔も重なって、わたしを苦しめる。 どうしたら伴の考えていたことがわかるのだろう……。 わたしは生徒の列の中で途方に暮れながら、壇上でにこやかに礼をする美都の姿を見ていた。 |