東京都のはずれにあるトッカータ町の三番地。そこには、白いユリの花が咲いている。
 このユリはただのユリではない。
 現在、インターネットで広まっている都市伝説の主役だ。
 曰く、このユリの花に触れた女性は、必ず恋人と別れる。
 しかも、恋人には多大な不幸が振りかかるといわれている。
 白い花には、真紅のラインが、交差するように二本入っている。
 運命の赤い糸をあらわすような、鮮やかな色彩のライン。
 しかし、このユリに触れたら最後、その女性の運命は途絶えるのである。

 わたしは、この都市伝説を聞いて、京都からわざわざ東京までやって来た。
 わたしの恋人は、非の打ち所のない男子である。わたしにはもったいないくらいに完成されている彼のことが、最近、妙に疎ましい。嫌いなわけではないが、ひとりになりたいと思うことが増えた。それだけ。
 優しい彼に内緒で、ここまで来てしまった。ユリの花に触れるつもりはなかった。たくさんの人に別れを与えた不幸のユリ――それがどんなものが見たかっただけなのだ。
 それを見れば、きっと、彼へのもやもやを断ち切れると思った。

 実際に見てみると、そのユリは輝かんばかりにうつくしかった。
 白いだけならばどこにでもあるユリだ。しかし、鮮やかに交差する二本の線。それは、まるで誰かと誰かの運命が交わった瞬間のようだった。何年も愛しあった二人が、初めて結ばれた夜のような、赤だった。
 わたしは思わず、その赤いラインを指でなでてしまった。かすかに熱い。まるで人の肌のように、熱を含んだ赤。何度も、何度も、そこを撫でた。生きる理由を初めて見つけた人のように、ただただ撫でた。――涙が滲んだ。

 そうして、わたしは思う。運命が途絶えるなんてのは、嘘だ。
 ここにあるのは新たな恋である。"彼女"はとてつもなく魅力的な女性だ。わたしたちは、彼女に触れてしまうと、その魅力からは目が離せなくなってしまう。男性の恋人なんて、もはや必要がないとわかってしまった。自分には、彼女さえいればいい。燃えるような初恋が、わたしたちの心を赤く染めるから。

 振り返ると、わたしの背後にも数人の女性が立って、彼女に触れたそうにしていた。彼女たちも、わたしも、新たな恋をしただけだった。
 インターネットで無責任な都市伝説を流す彼らには、この気持ちはわからないだろう。
 恋をしたことがない人間に、恋する気持ちは、わからないのだ。



20150628

[]