ぼくの彼女は魔王さま



 こういうことを書くと、最近濫造されているライトノベルの類かと思われそうなのだが、ぼくの彼女は魔王である。比喩ではない。本物だ。
 では、魔王とはいったい何なのか。文字通り魔界の王、この世界とは別の世界からやってきた者である。自分で文字を打ち込んでいて、もうすでに「ありがちな設定」ぶりに寒気がしてくるのだが、事実なのだから仕方ない。現実はライトノベルよりも奇なり。

 「そんなことがあるはずがない、妄想ではないか?」という意見もあるかもしれない。否定はしない。ぼくは実際に彼女に連れられて魔界に行ったことがあるし、彼女が魔法を使うところも見たことがある。が、それらは「ぼく」と「彼女」のいずれかの妄想として片付けることが可能な事実である。そもそも、この世界にあるすべての文章は、ノンフィクションであっても、フィクションであっても、「妄想」として片付けられる可能性から逃れられない。完全なノンフィクションなんてものはそうそうなく、書き手の主観や記憶まちがい、演出、脚色などを含んでしまうのは仕方のないことだ。現実離れした内容であるなら、なおさらのことである。

 こうして綴っているこの文章も、一応はぼくにとってのノンフィクションなのだが、信用してもらおうとはあまり思わない。妄想だと思ってくれてもいい。信用されたからといって、書き手のぼくにとって利益になることはあまりない。むしろ、信じてもらえないほうが、ぼくと彼女の平穏にとってよいかもしれない。本物の魔王を見るために、ぼくの家におしかけてこられたりしたら大変だ。

 しかし、悲しいことに、彼女が魔王であるせいで、ぼくが非日常的な物語に巻き込まれているといったような、ライトノベル的というか、剣と魔法のファンタジー的な事実はない。ぼくら二人の日常は完全に日常系であり、萌え系であり、やまなしおちなし意味なし、平凡そのものである。

 そもそも、彼女が魔王でありながらもぼくらの世界に渡ってきた理由は、こうした平凡な日常を送りたいからであるらしい。むしろ、「剣と魔法のファンタジー」は彼女にとっては飽き飽きするくらいにつまらない日常生活であり、そうしたものにうんざりし、魔界を統べる権利をすべて他人に明け渡し、わざわざ、はるばるぼくの家までやってきたのである。
 詳しい事情は省略するが、ぼくの家はいわゆる陰陽師の家系であり、このような「魔」に縁深い。彼女はそれがお気に召したらしい。
 何度か揉め事は起きたが、現在はほぼ魔法を使うこともなく、日常系アニメの主人公のような生活を送っている。

 ただ、ひとつ困っているのは、価値観の相違である。もっと詳しく言うなら、愛や経験では埋められない文化の差。具体的に言うと、「彼女の飯がマズい」である。
 彼女は料理が下手なわけではないし、努力をしない怠け者でもない。ただ、やはり、育った世界が違う。彼女の世界にはドラゴンやエルフといった珍妙な生物が多数生息しているし、ぼくらの世界とは食材も、料理への考え方もまったく異なる。生まれた時からトカゲの丸焼きのようなよくわからない魔法食を食べていた彼女に、日本食のわびさびを伝導するのは難しい。

 もちろん、ただ魔王であるだけで、ふんぞり返っているわけでもなく、性格が悪いわけでもない努力家の彼女は、日本食を作るために必死に努力をしたのだ。だが、どうしても、ふたりともまっとうに食べられる食事が完成しない。料理が上手であるとか下手であるとかそういう次元ではない、ぼくらの料理は「違う」のだ。どちらかが間違っていたり劣っていたりするわけではなく、ただ異なるだけだ。

 しかたがないので、ふたりが日替わりで食事を作り、どんな味のものでも、我慢して食べる。という方式をとっている。彼女の担当している料理は、どちらかというと洋食寄りのものだが、妙にケチャップが多い、ムラサキキャベツのような色をしているなど、この世界におけるまともな料理のイメージからは遠い。ぼくが作るのはスタンダードな日本食。彼女は日本食に対し、「何もつけていないイモリのような味がする」というようなコメントをしており、ふたりが同じ料理を同時に楽しむ未来は来ないだろうと思われる。

 しかし、ぼくは彼女と過ごす日常を嫌いになったりはしていない。ケチャップが多くついた口元で微笑む彼女の表情は非常にホラーめいているけれど、これはこれで楽しい。食事というのは、生活を構成する大切な要素であるが、彼女の飯が多少マズいからといって、ぼくは彼女に不満を感じたりはしていないのだった。だって、彼女はいわゆる魔王。これくらいの非日常イベントはあってもいいはずだと思う。剣と魔法のファンタジーに巻き込まれる億劫さを思えば、こんなのは屁でもない、と日常系アニメの住人であるぼくは思うのである。


20140714