湖畔



 この教会は、ある界隈では非常に有名なスポットらしい。
 ある界隈というのはいわゆる闇の世界――マフィアだとか殺し屋だとか、そういった職業の人間の属するもの、らしい。
 「らしい」としか言えないのは、これを書いているオレがカタギだからだ。
 一般的には、うつくしい湖を一望できることで有名な観光スポットでもあるのだが、そういった一般人は、裏世界の住民とは鉢合わせないように配慮がなされているという。
 オレがこんな情報を手に入れたのは、フリーライターという職業ゆえである。
 フリーライターははたしてカタギと呼べるのか、という話についてはまた今度。

 紆余曲折あって、今日はこの教会に潜入して調査をすることになった。
 重い扉を開けると、死んだ魚のような目の神父が顔を出した。

「こんにちは。あなたとお話がしたくて馳せ参じました」
オレが愛想よく挨拶すると、神父は困ったように笑った。
「あなたは、どうやらご自分の罪をご存知でない。あなたの汚れたペンの力、私の目には懺悔すべきもののように思われますが」
神父はバカにしたように笑って、しっしっ、とジェスチャーをした。
「ぼくは懺悔をしに来たのではないのですが」
「同じことですよ。私は贖罪のコンサルタントなのです。誰もが信じられないほど重い罪を背負って生きているということを、ここに訪れた人に知らしめるのが私の役割。あなたにふさわしい懺悔と贖罪を提案するために、私は神父をやっているんです」

 闇の世界の住人のみが訪れる、などという噂はまちがいなのですよ。誰もが闇の世界に生きて死ぬ。罪のない人などいないのです。と、神父は言った。
 オレはどうにも受け容れがたいその言葉に困惑しつつ、教会を出、そして考えた。
 オレは人を殺したことはない。しかし、オレの書いた記事で不愉快になった人間はいるだろう。そして、その結果死んでしまった人間もいたかもしれない。オレは贖罪すべきなのではないか……。

 そんな思考に囚われながら湖を眺めていたら、急に自分の仕事がひどくいやらしいものに思えて、オレはお気に入りの万年筆をポケットから抜いて、青く澄んだ湖に投げ捨てた。この行為も、あの神父に言わせれば、きっと重い罪の一種なのだろうとひとりごちながら。湖の底には、別の人間が投げ捨てたのだろうか、錆びたナイフがいくつか沈んでいるようだった。



20140728