粉雪の待ち人



 どこかで聞いたクラシックが、白い雪と同調するように流れていた。私は、音楽を暗記する際、歌詞を記憶の指標にする。そのため、歌詞のないクラシックの曲名を記憶することができない。雪のなかで流れているこの曲も、確かに聞いたことはあるのに、曲名は全くわからない。

 雪は、べたつかず、降りすぎず、一定のペースでさらさらと降りつづけている。
 今日は、15時に待ち合わせの約束をしている。場所は天王寺の蔦屋書店の前である。
 現在の時刻は18時。暇をつぶすグッズのようなものは持参していないため、ただただ、どこかから聞こえるクラシックを聞き、空を見上げるだけの時間が過ぎていく。音楽は、書店のなかからではなく、どこか別の場所から流れている気がするが、それがどこなのかがまったくわからず、どこか神秘的な感じさえする。

 今回の待ち合わせ相手の彼女は、音楽にとても詳しい。大学のサークルでバイオリンを弾いているという。濃い茶髪で、すらりとした体がうつくしい彼女には、似合いの楽器だと思う。今、どこからともなく聞こえてくるこの曲に関しても、彼女なら曲名を言い当ててくれるような気がしている。

 私が唯一、彼女から聞いた音楽知識に、メジャー、マイナー、という単語がある。詳しくはわからないのだが、それぞれ、「長調」、「短調」を指しているらしい。長調とか短調というのは、小学校の音楽の授業で聞いた気がする単語だ。長調は明るい曲、短調は暗い曲……という短絡的なイメージがある。この印象が間違っているのかどうか、また今度彼女に聞いてみたいものだ。

 おそらく、雪とともに降るようなこの曲は、短調――マイナーの方であると思う。根拠はない。ただ、なんとなくそう感じる。同時に、そんな雪と音楽を体に浴びている私の心も、徐々にマイナーなメロディに傾いているように思う。

 彼女は、早く来ないだろうか。そして、この曲について教えてくれないだろうか。もしも、この曲がマイナーだなんてことは音楽を知らない私の勘違いであって、
「この曲はメジャーだよ」と彼女が、あの優美な声で告げてくれたなら。
 私はおそらく、このマイナーな気分から、救われるのではないかと思う。
 粉雪はまだ、降りつづけている。


20140729