英雄の音色



 彼の父はとても優秀なひとだったという。ぼくたちの村では誰もが知っている英雄である。その英雄は武道の達人だった。拳法を極め、何の武器も持たずに軍隊に立ち向かったという伝説が残っている。そんな偉大な武闘家は、数年前の戦で世界を救い、英雄となり、そして英霊となった。

 その反動だろうか、英雄の息子たる彼は自堕落な人間になってしまった。周囲の人間はそれを嘆き悲しんだが、ぼくは彼の気持ちを考えて、しかたのないことだと思う。自分の親が世界を救ったなんて。最強の拳法家なんて。武器も持たずに、誰かに立ち向かうなんて……そんな親を持ったら、期待されてしまうじゃないか。そんな英雄を超える息子がそうそう現れるわけもなく……彼は、必然的に失望されてしまうのだ。

 周囲から失望されつづけると、人はだめになる。父と同じように身も心も強ければ耐えられるかもしれないが、そんな重圧に耐えるのは普通の人間には難しい。父が死ぬ前までは、彼は拳法を習っていたのだが、村の人間みんなにバカにされ、失笑され、ついには拳法をやめた。

 ぼくはそんな彼にオカリナの吹き方を教えている。武道をやめようと誓った彼は、村に住むオカリナ吹きであるぼくのところへとやってきたのだ。彼のオカリナの音色は、長いことオカリナを吹きつづけているぼくが聞いても、なかなかのもの。才能があるのである。きっと、先入観のない人間が聞けば、その音色に魅了されるにちがいない。だが、村人は彼のオカリナを聞いては嘲笑し、見下し、落伍者のレッテルを貼る。死んだお父さんも嘆き悲しんでいる、もっと武道を頑張ればよかったのに……と言いながら。ぼくはそんな言葉を聞き、ああ、彼はとても気の毒な人だ、としみじみと思うのだった。


20140803