彼は歩くナイフのような男性で、触れるとなにもかもがめちゃくちゃになってしまう。私は今日も、彼に会うために街を離れ、海辺にやってきた。彼が海辺をめちゃくちゃにしてしまわない保証はなく、また私をめちゃくちゃにしないとも限らない。それでも、私は彼に会いたかった。
彼が以前、この海辺にやってきたとき、私は彼にこう言った。
「あなたはひどい人だ。何もかもをこんなにしてしまうなんて。しかし私は、そんなあなたの破天荒なところが好きなんだ」
彼はびっくりしたようだった。
「そんなことを言うのはあなただけです、ぼくはいつだって悪人として、追い出されてきた。ぼくが触れただけで、みんな死んでしまう。困り果てていたけれど、それは致し方ないことだと、思っていたんです」
彼は透き通った白い指をしていて、まるで人間ではないみたいだった。また髪も青く透き通っていて、今にも空に溶けて消えてしまいそうだった。彼は大人なのに細身で、とても弱々しい。私は、そんな彼を守ってやりたいと思っていたかもしれない。
「ぼくは数年後の今日と同じ日、この海辺にくるでしょう。この体で、またみんなを困らせにくるのです。もしも、あなたがまだ、ぼくを好きだなんて言うのなら、ここにきてください……こないほうが、幸せでしょうがね」
彼は、指先でそっと私の肌に触れて、かなしそうに笑った。触れた部分は傷がついたけれど、いつも彼が壊してきたものに比べたら、そんな傷なんて、どうということもなかった。
それから、数年が過ぎた。青白い肌をして、彼は海辺へとやってきた。今度は、私には触れなかった。ただ、彼は涙を流して、こう訴えた。
――あの日のきみの肌はとても柔らかかったんです。信じられないくらいに柔らかくて、あたたかくて、嬉しくて。ぼくはもう何にも触れないようにしようと思いました。きみを壊したくないんです。
泣きじゃくる彼を抱きしめたいと思ったけれど、やめておいた。私たちにとって、相手に触れないということが、最大の愛だと気づいたからだ。海は彼が近づいたことによって荒れようとしていたが、私の心は湖のように静かだった。
20140810