卒業

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 インターネットの世界を知って、いちばん最初にしたことは、自分の名前で検索をすることだった。
 たいした情報は引っかからず、同姓同名の人の些細なプロフィールが見られるだけだった。
 ただ、そのときに見つけた、わたしとまったく同じ名前をもつTwitterのアカウントは、なぜかずっと見続けている。

『朝起きた。』
『朝ごはんはパンだった。』
『きょう、先生が褒めてくれた。』
『嬉しい。』
『部活動も調子がいい。』
『また先生に褒めてもらいたいから、がんばろう。』

 わたしの名前を持った少女は中学一年生。どんな些細なことでも、短い日記として投稿している無垢な女の子だった。

『わたし、先生が好きなのかもしれない。』
『でも、お母さんに言ったら怒られてしまった。』
『先生を好きになるのは、いけないことなのかな。』

 そんな苦悩も綴られていた。
 わたしにはなかった純粋な青春を持つ少女は、恋をし、失恋をし、順調に成長していく。わたしはそれを眺めながら、なんだかもう一人の自分を眺めているような気持ちになる。わたしの青春は、なにもかもが黒く濁っていて、もはや思い出すことも苦痛である。この少女は、そんなわたしの代わりにうつくしい学生生活を楽しんでくれているように思えた。

 いつのまにか、わたしは彼女の投稿した青春のなかに、自分を投影しはじめていた。教師に恋をして、恋敗れて、しかし幸せに卒業する、もうひとりの"わたし"……彼女は、こんなふうに、汚れた他人に青春を覗かれていることなど知らないまま、旅立っていくのだろう。まったくひどい妄想だと自分でも思うのだが、しかし、わたしの荒んだ心は、彼女のまぶしい青春の言葉によって、浄化されつつある。わたしもそんな青春を過ごせたかもしれないと思うと、涙が出そうに嬉しくなる。
 そんなことを考えながら少女を見守っているうちに、二年が過ぎた。

『今日は卒業式です。』
『みんな今までありがとう。』
『先生、さようなら。卒業しても、わたしはずっと先生のことが好きなままでしょう。』

 少女の投稿した言葉を見ながら、わたしは家庭教師のバイト先に向かうことにした。相手は中学三年生の女の子で、今日が最後の指導だった。とても素直で、まるであのTwitterの少女のように無垢な彼女も、もう高校に進学する。寂しくなるなと思いながら、わたしはパソコンの電源を落とした。


20140906


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