ここまでの長い長い道のりを共に歩んでくれた君は、よく知っているだろう。この星はもう長くない。500ページにわたる長大な物語のなかで、人類はみな、愛のために他人を殺し、憎しみのために自分を殺した。その結果、地球上に残っているのは、ぼくと君だけになってしまった。
地球にはもう何もない。食事を作ってくれるママは死んでしまったし、牛や豚たちも息絶えた。作物に水をやろうにも、水がない。種もない。種屋もいない。ぼくと君はまだ幼いから、何も生み出せない。人肉を食おうという気にもならない。とても腹が空いていた。
だが、ぼくとしては、こうなってしまうと、もはや生きようという気力があまりわいてこないのだ。君はどうだろうか。
ぼくが弱々しく問いかけると、君はこう答えた。
「どうせ死ぬのなら、ひとつ賭けをしましょう。あそこに飛行機の残骸が転がっているでしょう。あれでロケットを作るの。そうすれば」
「そうすれば?」
君は、いいいたずらを考えたと言いたげに、笑った。
「地球を脱出できるかもしれない」
「おいおい、正気か? 飛行機で大気圏は抜けられないよ。だいたい、地球の外に何がある?」
ぼくは、口では否定しながら、君の考えは名案だと思っていた。
「やってもやらなくても、どうせ死ぬのよ。なら、空くらい飛んでみてもいいじゃない。もしかしたら、宇宙まで行けるかもしれない。それって、ロマンでしょう」
「ロマン!」
非常に陳腐な単語だと思ったが、同時にとても魅力的だと思う。
「よし、やってみよう。これがぼくらの最後の希望だ」
それから先、ぼくと君が最終的にどうなったかは、君はもう知っているだろうから、詳しくは書かない。
飛行機は飛び、地球は滅んだ。ふたりで乗った飛行機から見た景色を、ぼくは忘れない。
―――。
「そうやって、物語の最後を省略してごまかすのは、あなたの悪いくせね。なにか、慌てて書いているみたいよ」
ぼくがこの物語を書いていると、君は火星のコントロール・ルームで飛行機のメンテナンスをしながら、そう言った。ぼくはコントロール・ルームの外のキッチンで、ハムエッグを食べながら万年筆を持っている。このハムエッグを作ってくれた火星人類は、ぼくらに優しくしてくれている。なにひとつ不自由のない暮らし。地球にいた頃よりも快適かもしれない。
「だって、物語の最後になんて、ぼくはあまり興味がないんだ。今は思い出を記録している最中だから、現在のことなどどうでもいいしね。それに、ご都合主義すぎて、書いているぼくが恥ずかしくなるんだよ」
20140911