「だからさぁ、そういうマニアックなこと言われてもわかんないわけ」
俺は怒っている。いつものことだ。
俺の彼女は非常に料理がうまいのだが、同時に、料理への意識がめちゃくちゃ高い。
自分の知っている料理や食材の名前などを俺が知らないと、バカにしてくるのだ。
「ゴルゴンゾーラとか、ポトフとか、ストゥラッチャテッラとか、マスカルポーネとか、ポピアソットとか、申し訳ないけど聞いたこともないよ。俺が好きなのは、生まれてからずっと和食だからね」
彼女は俺と同じように怒りつつ、反論する。
「知らないあなたがおかしいんだよ。常識だよ、特にポトフなんてのはさ」
世間の何処かでは常識なのかもしれないが、俺の生きてきた世界では、そんなのは常識ではなかったのだ。たいした飲食店もないような関西の田舎で育ってきた俺は、故郷をバカにされているようで癪だった。
だいたい、料理をおいしく食べるために、知識なんてものは必要だろうか。
俺は彼女のことは好きだから、文句を言いたくはない。
彼女の料理だって、おいしくてとても好きだ。
でも、この知識と常識の押し付けには、もううんざりだった。
「俺たち、別れようか」
半分冗談のようなつもりで言った。でももう半分は本気だった。彼女に責められると、俺は、自分がダメな人間であるかのように思ってしまう。よくわからないカタカナの料理の名前は、俺の人生にはどう考えたって必要ないのに。仮に必要であったとしても、毎回バカにされるのは我慢ならない。
「いつだっておいしそうに食べてくれるのに、あなたがどうしてそんなふうに思うのか、わたしにはわからないよ。おいしいと思ったなら、料理の名前だって知りたいと思うものじゃないの?」
彼女は心底不思議そうにそういった。確かにそうかもしれない。でも、そういう問題じゃないんだ。彼女は、自分がいつだって頂点に君臨して、俺を見下ろしているということに気づいていない。そんなふうに見下ろしながら何かを教えられても、まじめに覚えようなんて考えられない。少なくとも俺はそうだった。
会話を交わしながら、俺は「富士そば」のコロッケそばが食いたいな、とぽつりと思った。コロッケそばは、俺を見下ろしたりしないだろう。知識と常識を強要することもないだろう。本当に優しい料理とはそういうものなのではないのかと、学のない俺は考えていた。
20141001