「dungeon」とは、この国では「天国」という概念を指すらしい。
初めてこの国へ来たときにはたいそう戸惑ったものだが、彼らにとって地下に作られた小さな空間は幸せの宝庫であり、墓場であり、天国でもある。
この国の住民は、わたしたちのように、死体を火葬する習慣をもたない。
また、土葬するわけではなく、鳥葬するわけでもない。
彼らは、ある年齢になると核シェルターのような地下室へ閉じこもり、そして、死ぬまでそこから出てこない。
そのシェルターには、実際に死ぬと思われる年まで絶対に死なないだけの食料、当人が望むありとあらゆる娯楽、インターネットなど、ひとりで生きるために必要なものすべてが詰め込まれている。また、それらを外部世界へ捨てるためのダクトも用意されており、邪魔なものは廃棄できる。
こちら側からコンタクトをとることは不可能だが、何か追加で必要なものがあるのならば、取り寄せることは可能だ。ダクトシュートのようなところから、地下へと物資を送り込む。理想的な老後に必要なものすべてを兼ね備えた空間が、「dungeon」――この国の「地下牢」なのである。もちろん、地下は死体の山となるわけだが、彼らはそれらの死体の処理に関しては悩んでいないようだった。何か、わたしたちのようなよそ者には知らされない秘密があるのかもしれない。
dungeonに入る者は、死を覚悟している。
介護が必要な場合は、最新鋭の介護ロボットがつとめる。死は尊いものである。誰もその瞬間を邪魔してはいけない。
抜け毛の一本、食べかすのひとかけ、吐瀉物、読みふるした雑誌、つまらなくて捨ててしまいたい映画のパンフレット……どんなものであっても、死の瞬間に他人の手によって取り除かれてはならない。必要なものも、不必要なものも、本人の意思によって決定されるべきなのである。
彼らはある年齢になると、みんな地下牢へと降りていく。そこで死ぬ。誰も彼らを看取らない、そういう仕組みになっている。この国の地下には無限の死骸と、無限のdungeonがある。新たなdungeonを掘るための工事は、日夜行われている。
どうしてそんな慣習が生まれたのか、現地の住民に聞いてみたところ、「だって、死んでいるところを見られるなんて、恥ずかしいじゃない」と答えた。それはもっともかもしれないが、死ぬ瞬間にひとりぼっちだなんて、わたしならば耐えられないだろう。
だが、魅力的ではある。何にも管理されず、縛られず、好きなものだけに囲まれて、死ぬ。死んだ後も、誰にも触れられず、ただただ孤高に――。それを彼らは天国と称するのだ。
この国には、死後の世界なんてものは存在せず、ただ、彼らは地下牢で永遠に自由に過ごす。
とても魅力的で、理解が追いつきそうにない。そんな世界だとわたしは思った。
20141118