むかしむかし、ある国に、とてもきらびやかな王子さまがいました。
かがやかしい金髪と碧眼は見るものをとりこにし、宝石を埋め込んだ王冠と、豪奢な服がさらに彼をひきたてました。
男たちは「ああなりたいものだ」と噂し、女たちはこぞって王子との婚姻を望みました。
そんな王子さまは、ある日、とある村娘に恋をしました。
彼女は凡庸な娘でしたが、王子さまは一目で恋に落ちたといいます。
どれだけきらびやかであろうとも、王子さまは人の子。人並みの恋心と性欲があります。
彼はその女性に熱烈な求婚をし、見事に彼女と結婚することができました。ただの村人にすぎなかった女性は、急に、何の前触れもなく、姫になったのです。
結婚生活が始まり、王子さまは有頂天でした。しかし、そんな生活は長く続きませんでした。姫は王子さまを愛していなかったのです。
あんなにうつくしくて誰にでも好かれる王子さまだったのに、なぜ?
おそらく、姫は、それが惨めだったのでしょう。
夜のたびに、彼はすべてを晒して彼女に見せました。
でも、豪華な服を脱いでもなお、彼は本当にすべてがうつくしいのです。そのうつくしさにふさわしい女性など、いるはずがないと、夜にこそ、姫は悟らされました。自分はうつくしくなく、彼はとてもうつくしい。そんな彼の愛もまた、うつくしいということを。
彼の愛は誠実でした。獣の肉欲などではない、本当に純粋の愛なのだと、手に取るようにわかるのです。しかし、なまじ外見が美麗であるがゆえ、崇拝されているがゆえに、姫はその純粋の愛を、受け取ることができません。みなが称える王子さまが、自分を純粋に愛しているなんて、信じられない。信じたくないのです。
そんな姫の心を知らぬ王子さまは、苦悩しました。どんなに頑張っても、どんなに夜を重ねても、姫は振り向いてくれません。むしろ、夜を重ねるごとに遠くなっていく。悲しくてたまらない。王子さまはそう思いました。
ある日、王子さまが村をうろうろしていると、愛する姫が友人たちと話しているのが聞こえてきました。それは、王子さまへの悪口でした。村の女たちは、おもしろ半分にうわさ話をするのが好きです。王子さまとの生活に耐えかねて、姫は村へ行ってはうわさ話で、うっぷんを晴らしていたのでした。
王子さまは、自分の愛が彼女にまったく届いていなかったことを知りました。どのように純粋な愛であったとしても、本人に届かなければ意味がありません。重ねた夜もすべてムダだったのだ、と彼は心を痛めました。女たちの笑い声が、自分を中傷している。その笑い声のなかに、大好きな姫の声も混ざっていることが、うつくしいものに囲まれて育ってきた王子さまには耐えられませんでした。
王子さまは、国のまんなかにあった大きな湖に身を投げ、その命を散らしました。湖は血に染まるのではなく、深い悲しみの蒼色に染まったといいます。
姫は、やがて女王となり、王子さまと暮らしていたときよりも、ずっと気楽に、幸せに暮らしました。が、70歳の誕生日のパーティの最中、黒尽くめのローブをまとった男に暗殺されたという伝説が残っています。
いったい、彼女を殺したのは誰なのかと、国の者たちはうわさをしました。黒尽くめのローブの男の行方は、いつまでたってもわかりません。が、誰もがみな一様に口をそろえて、それは湖で死んだ王子さまでは絶対にないだろう、と言いました。また、あの姫は悪女だったのだと言う者もいました。もしかすると、みな、湖を蒼く染めた王子さまの悲しみに共感し、心を染められたのかもしれません。
すべてを晒した相手に、陰で侮辱された王子さまは、繊細で華奢なガラス細工のようで、失われてもなお、彼の美麗さ、純粋さは、なぜか人々の心を捉えてやみませんでした。
そんな王子さまの評判を聞いて、「簡単に死を選ぶなんて弱いもののすることだ」と、どこかで別の国の誰かが言いました。
しかし、それに対して、多くの人が反論しました。
「弱くて何が悪いのか。あの湖の蒼さを見るがいい。あの人はとてもきれいで、純粋で、繊細だった。おまえなどとは比べ物にならないほどだ。そんな王子さまの悪口を言うのなら、醜いおまえのところには、黒尽くめのローブの男がやってくるだろうな」
自分の秘部を晒すのは、とても勇気がいることです。その秘部というのは、卑猥なものばかりではありません。純粋なる愛、恥じることなき無垢の愛。そんなものかもしれないのです。あの湖に沈んだ無垢の愛は、肉欲にまみれた人々には得ることのできない、幻のようなものなのかもしれません。だからこそ、人々はそれに焦がれることをやめないのです。
湖のほとりに立つ王子さまの像は、今でも、国の人々に崇拝されつづけています。別の国の人々はそんな彼らを見て首を傾げますが、彼らはそんなことには気づかずに、幻の愛を探しつづけているのでした。
20141225