『 ハッピーエイプリルフール 』
叫び出したかった。しかし、その一言を叫んでしまったら、何もかもが終わる。僕は我慢強く黙っていた。黙ることこそが生きる目的なのだとすら思える。
「ねえ、どうしたの?」
彼女が僕に問いかける。話しかけないでくれ。今、僕は口をきくわけにはいかないんだ。君に、ひどいことを言ってしまいそうなんだよ。
不安げな声を出すのはやめろ。僕を放っておいてくれ。僕を殺さないでくれ。
「君はいつだってそうなんだ。自分のことしか考えてない。僕が何を考えているかなんて聞いてもくれない。僕が大嫌いで死にたくて壊したいことなんて考えてもくれない。僕は僕が嫌いだ。僕を殺したい。壊したい。君がどれだけ愛をささやいてくれたって、君は僕の恋人じゃないんだ。君はずるいよ。自分だけ恋人を手に入れて、僕を捨てたじゃないか。それなのにまだ友達面をする。おかしいよ。自分だけ幸せになって。僕を不幸にした癖に。恋愛ごっこなんてクソ喰らえだ。君の恋人なんて死んでしまえばいいと思ってるよ。そして、そんなことよりも死ぬべきなのは僕だ。関係のない他人の死を願うような人間は、死んだ方がいいに決まってるんだよ」
それだけの言葉を言わずに呑み込んで、僕は曖昧に微笑んだ。部屋の空気は淀んでいたけれど、それは彼女が煙草を吸っているからであって、僕のせいではない。
「どうもしないよ」
自分の言葉じゃないみたいなセリフだった。
この世界は模型なのだと思うことがある。すべては模造品であって、本物なんてどこにもないのだ。僕らはオリジナルではない。みんなコピー。彼女の恋人は、どこかからコピーアンドペーストしただけのクソ野郎だ。彼女も、コピーされる前から、男を簡単に捨てるようなクソビッチに決まっている。
そして僕だって……そう、僕だって!
誰もが誰かの代用品、劣化コピーである。
――本物なんて、とっくの昔に死に絶えた!
この恋も本物じゃないのだ。耐えられるさ。かつて僕に好きだと言った女が、いつのまにか別の男と夜を過ごしているこの現状だって、全部偽物の展開だ。泣きたい壊したい殺したい殺されたい、この僕の感情だって偽物だ。モナリザを子供が戯れに描きうつしたみたいな贋作だ。
泣きたい泣きたい、泣きたい、泣きたい!
その気持ちも偽物だ。僕は泣かない。意地でも泣かずにいてやる。
どうせ、泣いたって涙なんて出なくて、目から硝子の粉が出てくるようなものなのだから。
2011年04月01日(金)
この世のすべてが嘘なのに、
毎日、嘘しか見えないのに、
どうしてエイプリルフールなんて存在するんだろうね。
まるで、ニセモノをニセモノだと認識することで、
安心しているみたいだ。