『 彼女は青ジソドレッシングを愛しすぎてる 』

 好きな女の子にどう思われているか、というのは男子にとって永遠に気になる命題だとは思うのだが、恋人という安定したポジションを手に入れてみると、それ以外の彼女情報も気になるのが人の情というものである。
 かといって、「食べ物では何が好き?」「好きな作家は?」「好きな音楽は?」などとひとつひとつ聞いて回るわけにもいかない。日常の中から少しずつ、それらの要素を読みとって行くのが醍醐味で、一度に全部知る方法があったとしても、それは行使しないのがルールというものだ。ただの自分ルールだけれど。

 つきあいはじめて数週間。ぼくの彼女は、何にでも青ジソドレッシングをかけたがる女の子だと判明した。冷ややっこやサラダから始まり、白米や焼き肉まで。青ジソドレッシングは彼女にとって万能の調味料であるらしい。ぼくよりも青ジソドレッシングのほうが好きなのではないかと思うくらいだ。少し妬けるが、そんなことで妬いていても仕方がない。
 醤油でもなく、ポン酢でもなく、青ジソドレッシングだからよいのだと彼女は言う。かけすぎてすぐになくなってしまうため、毎週火曜日のセールでは、ドレッシングを重点的に買い占める。その情熱は、普段のもの静かな彼女からは読みとれない。

 そんな彼女が、「ドレッシング買いに行って来て」とぼくに告げるとき、ぼくは最高に幸せな気分になることができる。我ながら安上がりな男だとは思うのだけれど、「青ジソドレッシングを三本買ってきて」ではなくて、「ドレッシング買ってきて」で通じてしまうところが、ちょっとだけ恋人っぽくていいじゃないか……とか、思ってしまう。パシリにされていることにすら気付かずに、ぼくは青ジソドレッシングを三本だけカゴに入れて、鼻歌を歌いながら会計を済ます。これは、恋人たるぼくにだけ許された特権なのだ……なんて、思いあがりながら。



2011年11月15日